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*十年後





 なんの取り柄もないのが取り柄の男になぜこんな感情を抱いたのかが不思議でたまらなかった。最初はただ気の合う男友達という認識でしかなかったはずだ。中学生の頃からなんとなくこの感情が芽生えたような気がしたが、あまりに煮え切らないので、わたしは本当にこいつにこの感情を抱いているという確信が持てなかった。だから高校生になるとそれなりに他の男と関係を持てる程度の想いだったし、デート中にあいつのことを思い出してしまうほどの感情でもあった。そうやってずるずると友情を築いていったわたし達は、社会人になってもこうやって二人で飲みに行くような関係になっていた。


「でさー、まだやりたいって言うんだぜ。もう街灯もついてるっつうのに。まったく俺が親御さんに怒られるんだぞって話だよ」

 文句を垂れながらもどこかうれしそうな半田にふうんとそれなりの相槌を打った。仕事おわりにサッカークラブのコーチをやるのはなんだかんだ楽しいらしい。飲みに行くと、かかさずこの話をする。こいつと同じで変わり映えのしない話だけれど、綻ぶ顔が見られるのがわたしもなんだかんだで楽しいらしい。

 飲むときの話は決まっていた。と言っても、どこぞの友人同士がやっているような、ありふれた話題だ。会社の上司がどうとか、最近はこれがおもしろいとか、そんな話。ただの近況報告だ。
 話すにつれ、お酒もだいぶ進んできた。ちびちびと飲む半田と違って、明日仕事が休みなのにかまかけてぐびぐびとアルコールをのどに通していったわたしは体が火照ってきて、頭がぼんやりとしてきた。そんな中でもわたしが気にかけていたことを指摘する。


「彼女」
「へ?」
「彼女の話、しないのね」

 そう言うと、半田は言葉を濁した。この反応を心のどこかで待っていたんだと思う。これは不幸に分類されるのに、同情や慰めなど一切せずにわらっているわたしは大概性格が悪い。恋心とやらに免ずればゆるされるだろうか。相手の幸福を願ったり祝ったりするほど、わたしはこの感情に対して達観していなかった。

 別れたんだ、と濁したわりにはストレートな言葉で答えた半田にわたしはまたもやふうん、とだけ返した。それからは水槽をつついたらうっかり穴をあけてしまって水が零れ出たように溢れる半田の言葉。


「最後には、私といるより子どもとサッカーしてる方が楽しいんでしょって言われちまった」
「ふうん」
「そんなつもりなかったのになあ」
「楽しいのは楽しいんでしょ」
「まあそうだけど…」
「その姿見てそんなこと言うんならさあ、その子はその程度にしかあんたのこと思ってなかったし、その子の基準でそう思っちゃうくらいの扱いをあんたがしてたってことだねぇ」
「そ、そんな風に言うなよ…」

 後ろめたいのか目線を泳がせて口を尖らせている。わたしはグラスに口をつけた。


「おまえ、飲みすぎじゃねえ?」
「そんなことなぁい」

 話題をそらそうとする半田が滑稽でわらいながら返事をする。半田はそのわらいを酔っぱらい特有のへらへらしたものだと勘違いしたらしくもうやめとけって、と咎める。あーあ、なんでこんな察しの悪い男が良いんだか。ため息混じりに、もう一口いただく。たく、と呆れたような声はスルーしておいた。

 半田の言うとおり、いつもより多めに飲んでいるのはたしかだ。ここまで頭がぼーっとするのはあまりない。珍しい心地にもっと酔いしれようと、さらに一口。と言うかそのままグラスをからっぽにしてやった。すかさず注文。店員さんが快活な声で復唱しているのも、少し遠くに感じた。
 やけ酒なのだろうか。それなら半田のせいだ。わたしがこうやって十年間も消えないほのおをくすぶらせているのも、身をかためられないのも、本気で人を好きになれないのも、お酒がすすむのも。


「おまえ、それでラストだぞ」

 いいな、なんてほぼ決定事項を指さしてわたしにつきつけてくる。わたしは返事というよりもたぶんうなっていた、と思う。そろそろお酒がまわってきた。半田がなにかぐちぐち言っているけど、全然頭に入ってこない。それでも相槌を打たないと怒られるので、なんとか音を出す。

 そうしているうちに、ラストオーダーとなったお酒を一気飲み。それほど量もないし、たぶん大丈夫だろうとふんでいたけど、どうやら見誤ったらしい、ぐわんぐわんする頭を抑える。


「しんどいぃ…」
「ほら、もう帰るぞ。立てるか」

 動かないでいると手を引っ張られて、無理やり立たされる。ふらふらと横に揺れながら、半田に手を引かれて歩く。



 きづいたらタクシーの中だった。いや、ほんとに。ここまで思考がはたらかないのはめずらしい。全身の倦怠感に負けてしまって、半田の肩に頭を預ける。車の揺れがわたしに追いうちをかける。まだかまだかと待ったわたしの住むアパートに到着したらしく、また手を引かれた。


「本当に大丈夫か?」
「むりぃ…ここで寝るー…」
「バカ、しっかりしろ」

 ため息が聞こえる。階段のぼるくらいならここで寝てやる。動きたくない。倦怠感から、うー、とうなっていると、ほら、とわたしに背中を見せてかがんだ半田がいた。


「…なに考えてんの、ドラマの見すぎ…」
「つべこべ言ってないで大人しく乗れよ!」
「やだやだ」
「じゃあ自分で歩くか?」
「…むかつく」

 ほら、とせかす半田の背中に身を預ける。あたたかくて、頭がよりいっそうぼんやりとしていく。揺れもどこか気持ち良い。目を閉じてすべてを半田にゆだねた。


「マジで今日どうしたんだ?失恋でもしたかー?」

 冗談半分、心配半分ってところだろうか。わかんないのかなあ、わたしのこの微妙な感情。鈍い半田に対してさみしいようで、安心している。


「失恋はずっとまえにしたー」
「おお、なんだ暴露話か?」
「ていうかぁ、たぶん五回くらいしてるう。…でも最近別れたみたーい」
「チャンスじゃん、がんばれよ」

 あー、わかってない、わかってないなあ。その回数がなにを表しているのか、最後のなんか大ヒントじゃない。きづきなさいよ、ばか。


「十年くらいかなあ、そのひとのこと、ずっと気になってるんだよねえ。だれかと付き合っても、頭の片隅にずうっといるの。自分でもなんであんなやつすきなのかわかんない」

 ほんと、なんでだろ。自分でもよく分からないこの感情をもて余すこと早十年。なんだかばからしくなって、あたたかい背中に頭を押しつけた。

 そのままわたしは閉口して、夜の静けさにひたる。涼しい夜風が火照った頬をなでていく。
 着いたぞ、という声がすると、おろされた。鞄を探って、鍵を渡す。夜風のおかげで酔いが少しだけおさまった気がする。それともあの背中のあたたかさのせいか。


「入るぞー、…っと」

 未だに回りの遅い脳の回転がわたしをぼーっとさせる。だから、手をまた引かれたときに、よろめいて半田の胸にとびこんでいた。酔いが急激に引いた。けれど身体はまだまだ酔いからははなれようとせずに、大人しく彼の胸におさまっている。はなれたくてもはなれられないわたしに頭上から呆れがおおいに含まれた声がふりかかる。


「おっまえ、ほんとよくここまで飲んだな!」

 その体勢のまま、わたしはずるずると室内に運ばれて、靴を脱がされて、ベッドにしずめられた。疲れたように息をはく半田にごめんね、とだけ声をかけた。


「別に良いけどさ、無理すんなよ」
「…ん」
「おまえいつも見栄はりすぎ」
「…ん」
「いつでも相談のるからさ」
「…ん」
「じゃああとは自分でなんとかしろよ。鍵はかけてポストに入れとくから」

 ぽんぽんとやさしい手つきでわたしの頭を撫でる。こういうやさしさにわたしは弱いんだろうか。じゃあな、とはなれていく手が恋しくて、わたしは半田を呼び止めた。


「…そうだん」
「おう、なんだ」

 わたしのこのわけわかんない気持ちはどうしたらいい?
 半田はきょとんとして、わたしの言葉の意味を汲み取ろうとしている。いっこうに分からなさげな様子に呆れた。ほんと、鈍いのね。


「十年間ずるずると引きずってきた、誰かさんへの思い、どうしたらいい」
「誰かさんって、」
「地味できわだった取り柄なんかなくて、むしろそれが取り柄みたいな、サッカーだいすきな誰かさん」

 そのまんまるな目を、ほんのりとあかいほっぺたを、ごくりと鳴る喉を、わたしはどう受け止めたら良い?

 ごめんね、酔った勢いと思われるかたちでしか言えなくて。酔っぱらいの戯れ言と思ってくれてもいい。からかっていると思ってくれてもいい。むしろその方が楽かもしれない。わたしは意外と臆病な人間らしい。



アルコールと白痴
(酔っぱらいがこんなことを言っていますがどうしますか)


title:子宮


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