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 ちいさい頃から、おかあさんには「じぶんのものには名前を書け」ときつくいいつけられてきた。わたしはそのいいつけをまもって、えんぴつ、、かばん、おべんとうばこ、あしたのあさに食べようとおもっているパン、あらゆるものに油性ペンで名前をしるしつづけた。それが功を奏して、名前を書いたものはひとつたりともなくしたことがない。それがわたしのささやかな自慢であった。

 そんなわたしの生涯の相棒である二十一代目の油性ペンは、今、わたしの手のなかにおさまっている。まっくろな先っぽをさらして。今から、なんどもしるしてきたフレーズを、またしるすのだ。


 そう、名前を書かなくちゃいけないのだ。じぶんのものには。わたしとしたことが、おかあさんのいいつけを忘れていたなんて。ごめんなさいおかあさん。でも、今から書くからね。消えたって、なんどでも書きなおすから、ね。だいじょうぶだよ、なくさない。



「どうしたの、油性ペンなんか持って」
「おかあさんからね、じぶんのものには名前を書けってずっといわれてきたのにね」

 わすれちゃってたよ、とにっこりわらう。それに対してヒロトくんは「ふうん」と腑に落ちていなさそうだ。そんなのおかまいなしに、わたしはヒロトくんのYシャツをたくしあげる。ヒロトくんはなにも言わない。抵抗しないのなら、いいの。手間がはぶけるだけだから。

 これを書けば、とわたしは緊張と高揚がいりまじったヘンなきぶんで、ヒロトくんのまっしろな、血色のわるいとも言えなくもない肌にペンをすべらせる。ぞくぞくなのかわくわくなのかどきどきなのかもわからないものが、体内を刺激していく。みょうじなまえ。そうしるされたまっくろの文字に、こんどはしびれた。キスマークだとか歯型だとか、だれのものかもわからないものなんかじゃない。だれから見てもはっきりとわかる、わたしのもの。


「きえても、また書いてあげるからね」

 きみのまっしろな肌には、黒がよくはえるよ。この世でいちばんきれい。


 だいじょうぶ、もうなくさないから。


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