餓鬼の頃、蝉の抜け殻を取ってきてはこっそりとコレクションしていたことがあった。
虫嫌いの母親が見たら卒倒するだろうから、見つからないよう竹籠の中に隠して溜め込んでいたのだ。
夏が終わる頃にはすっかり飽きて、抜け殻のことも竹籠のことも忘れてしまっていた。
母親の悲鳴とげんこつが飛んできたのは随分後になってから。カラカラに乾いた抜け殻たちは再び外に引きずり出され、パリパリと嫌な音を立てて全て踏みつぶされていった。



目の前で背中を丸めて泣いている彼女を見ながら、俺は何となくそんなことを思い出している。
男の持つコレクション欲は、女にとっては決して良いものなんかではないのだと思った。

「べつにね、せめる、つもり、ないの……」

彼女はしゃくりあげながらそう言った。
俺は何も答えられないで居る。

「でも、もう、いっしょ、いたくない。こわい。退がこわい」

こわい。ともう一度呟いて、彼女の背中は一層丸まった。


馬鹿な浮気心を出して調子に乗ってしまった。
俺は冴えないモテない君だし、きっと彼女が付き合ってくれてなかったら一生女の子の温もりなんて知らずに生きていたに違いないのに。
そろそろ結婚したいな、って思った時、彼女以外の女の味を知らずに居ることが、急に損してるみたいに思えてきて。
世の男たちは過去の女を何人もコレクションしてるのに、俺にはそれが無いのか。寂しいなあ。なんて思ったのが、馬鹿だった。

「こうなるって、思ってなかったわけじゃないよ」

彼女が言った。

「私は、そんな綺麗でも可愛いわけでも、ないし……。連れて歩いて、恥ずかしい思い、させちゃってた、かも、しれないし……」

そんなわけ無いじゃないか。
携帯の待ち受けはずっと君の写真にしてるし、屯所の奴らにも、副長にも、自慢して見せた。
一緒に歩く時だって、こんなに可愛い子が俺の彼女なんだって、周りに見せつけてやりたい気持ちでいっぱいなのに。

「さっきの人、綺麗だった。退の好きそうな。でも、好きな人できたなら、ちゃんと言ってほしかった」

好きなもんか。
自分の彼氏が知らない女と布団で寝てるなんて、そんな嫌な現場を見せちゃって本当に悪いとは思うけど、あんな女全然好きじゃない。コレクションの一つに加えようと思っただけの、ただの抜け殻なんだよ。

ああ、俺の馬鹿。
こんなことになるなんて。
彼女を悲しませてしまうなんて。

「急にあんなの見せつけられたら、私だって傷つくよ。でも、退は私が傷付いても平気って、思ったんでしょ?別に良いやって思ったから、こんなことになったんでしょ?こわい。退がこわい」

それ以降彼女は何も言わず、声を押し殺してただ泣くばかりだった。

お願いだ、泣かないで。
君の言ってることは、思ってることは、全部違う。

どこにも行っていないんだ。ここに居るんだよ。君のことが大好きな俺は、変わらずここに居るんだよ。居なくなったりしてないよ。


――こわい。いやだ。さがるがこわい。いっしょにいたくない。


ぽろぽろと零れた彼女の傷がいつまでも耳の奥で木霊して、俺は結局一言も声を掛けることが出来ずに呆然としている。

パリパリ、と抜け殻が潰れる音が聞こえた気がした。
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