久しぶりに坂田と会った。
高校時代と全く変わらない態度、だけどすっかり大人になっていた。

今や私達は二十歳を過ぎて、それぞれの道を歩んでいる。私も小さい時に夢見たような職業とは全く違う職に就いた。これが現実だ。

坂田とは高校の時に初めて付き合った人だった。長続きはしなかったものの、そのあとの友好関係は続いていた。一度復縁したこともあったが、これもすぐに終わってしまった。
坂田もあの性格だ。へらへら、ふらふら、でも皆に慕われてる、謎の存在。女には困っていなかったようだが、私と同じようにすぐに別れたり喧嘩したり浮気したりだった。
その時に必ず相談してくるのが、少し優越感を持たせた。
そう、私は未だに坂田が好きなのだ。
実を言えば、坂田と付き合ってから誰とも付き合っていない。

何度か告白されたりもしたが、どうしても坂田が忘れられずにいた。
未練がましい奴なのだ。

高校卒業後になれば、大学も別で、自然と関わることが減っていった。坂田や桂などはよく会っているみたいだったが。

当たり前だ、彼女でもないし、ただの気のあう友人なんだから。

だから久しぶりに連絡が来たときは驚いた。アドレス変更の知らせと共に、今度呑みに行かないかというお誘い。
実を言えば、少しだけ期待している自分がいた。もしかしたら、もしかしたらって。

今日着る服だって、柄にもなくあれこれ悩んで部屋は服で散らかっている。化粧だっていつになく念入りに、昔とは変わって大人になったことを分かって欲しくて、いつもよりマスカラを多めに塗った。

そうして久しぶりに再会した彼は、相変わらずの天然パーマに死んだ魚のような目、変わったと言えば服装くらいだろうか。

もちろんながら、一生懸命に女を引き出した(つもり)外見には一切触れては来なかった。でも待ち合わせ場所で会った時の驚いたような目は忘れられない。
きっと何らかの変化には気付いてくれたに違いないが、ここで何も言わないのが坂田である。




そこらにある居酒屋に入ると、どうやら坂田は常連らしく、店長らしき人と仲良く話していた。
ぼんやりとしていたからか特に会話は聞こえなかった、が、聞きたくない言葉だけはハッキリと聞こえてしまった。

「あーコイツ?違うって。彼女じゃねーよ。」


嗚呼、分かっているはずだったのに。
なんだか胸が苦しくなって、目を伏せて会話が終わるのを待っていた。

それから直ぐに私達はカウンターに座ってビールを頼み、乾杯をした。

「なんつーか、ほんと久しぶりだな、お前と話すの」

「そうね、もう成人しちゃったもの」

「笑っちゃうよなァ、あんなガキだったのによ」

その言葉を聞いて嘲笑気味に笑ってビールを煽った。私はまだそのあんたの言うガキのまんまなんだよ。でも自分が傷付くのが怖くて怖くて、なんにも前に進むことができない馬鹿な女なの。


「で、突然連絡なんか寄越して、なんかあったの?」

「そうそう、俺ね、いま彼女いるわけよ」

「…、そう、なの」

「で、近々ついにプロポーズ?みたいな?ついに俺も男決めちゃうみたいな?」

「…へえ。それで?」

「察しろよバカ。指輪だよ指輪。俺そーゆうの全く分かんないわけ。お前センスいいじゃん?一緒に選んで欲しいの」


何かにガツンと頭を殴られたような気がした。結婚?指輪?プロポーズ?ぐるぐると坂田の言葉がまわって頭がおかしくなりそう。一気に心拍数が上がって、冷や汗まで出てきそうだ。ぐわんぐわんと頭の中が揺れている。

坂田には、大切な彼女がいた。
それなのに私は、ずっと坂田が好きだった。

なんて馬鹿馬鹿しいんだ。そしてどうして私を選ぶの。他にも友達いるでしょう?私は別にセンスなんて良くないのに、なんでわざわざ…


「私、センス良くないよ」

「いーや。俺にプレゼントとかくれるモノは全部俺の好みだった。それにお前の服装とかすげーいいじゃん。あと女友達でこんなん頼めるのいねぇんだって」


驚いた。そんな風に思っていてくれたことに。でも坂田の為なら、自然と坂田に似合うものも想像できた。センスがいいんじゃない、坂田が好きなだけなんだ。

嫌よ、見知らぬ彼女のためにどうしてプロポーズ、つまりは一生薬指にはめる指輪を決めなきゃならないの。

二人の幸せを願って指輪を選ぶ?この私が?坂田は精神的に私をいじめ倒したいのか。頼られているのか、私が坂田のことを好きなのを分かって言っているのか。後者だとしたらあまりにもひどすぎる、いや、坂田のことだからないとは思うが。


「…というか、そーいうのは彼女と選んだ方がいいんじゃない?」

「はあ?いやいや、サプラーイズだからね。もうすぐ記念日なの、そこで渡したいわけなんだわ」

「…はあ、そうなんですか」


坂田が記念日?笑える。私の時は全然気にしてなかったじゃない。記念日になっても私は覚えてたのに、坂田はなーんにも覚えてなくて。私がプレゼントを渡しても、何もお返しなんてくれなかった。なのに、坂田は私があげたものを大切に大切に使ってくれて。それだけでとても嬉しくて。

まあ、もう新しい彼女のものに入れ替わっているのだろう。ああ。好き、だなあ。諦めなければならないのに。
まるで自分が悲劇のヒロインにでもなった気分だった。どん底に、突き落とされた、ような。


「どんな彼女なの?可愛い?」

なんで自分の傷を抉るような質問をしているんだろうか。


「あ、俺の彼女?かっわいーんだわマジで。お前とは違って超可愛い反応するからな、こう、チワワみたいな。ちなみにお前は秋田犬な」

「ちょ、秋田犬なめんな」

「はは、冗談だろ。でよォー」


はたまたガツンと衝撃を受けた。悲しい。悲しい。悲しい。
チワワ?秋田犬?私は確かに愛想もないし、素直じゃないから可愛い反応も可愛い言葉も出てこない。でもさ、坂田、あの時お前くらいの方がちょうどいいって言ってたよね。やっぱり、可愛い女の子の方が良かったんだね。

ペラペラと彼女ののろけを話す坂田をぼんやりと見ていると、坂田が遠くに感じた。

すっかりゆるんでいる坂田の表情を眺めていると、昔の坂田と重なって、泣きたくなった。また、ビールを煽る。確か、一緒に真冬に海行ったっけな。バカ寒い中、裸足で海に入ってみたり。何故か貝探しに夢中になって、砂だらけになって、笑いあって、自転車の後ろに乗せてもらって帰ったっけ。楽しくて楽しくてしょうがなかった。久しぶりにこの思い出を思い出したのは、この時に私はこう願ったからだ。十年後も、また一緒に来れますように。特にジンクスもないけれど、その願いを一番綺麗な貝殻に込めて海に向かって投げたんだ。
結局、貝殻と同じように沈んでしまった。

昔から動けずに過去に縛り付けられて比較している自分に嫌気がさした。


「…お前聞いてる?」

「え、あ、うん。写真見せてよ」

「見たい?見たい?」

聞いてなかったと思われたくなくて、咄嗟に出てきた言葉はまた傷を抉った。馬鹿じゃないの、自分。呆れる。


見せてもらった写真は、二人が仲良く寄り添っている写真だった。背景は、海。タイミングが悪すぎるだろ、と苦笑した。

そこに写っている彼女は、なるほど私とは正反対の子だった。長くてふわふわした髪の毛、綺麗な顔、可愛く笑うその表情に、私なんかが敵うはずがなかった。


「可愛いねー彼女」

「だろ?この日めっちゃくちゃ寒くてさ、真冬なのに彼女が行きたいとか言うからよー」

「へえ」



私の綺麗で大好きな思い出が、汚れていくような気がした。

結局、婚約指輪を選ぶことを引き受けてしまった。自分でも馬鹿だと思う。自分を傷付けても楽しくないのに。

でも、家に帰ってメールを見たら、坂田から今日はありがとうって送られてきていて、その文章を見ただけでなんだか泣けてきた。

こんなにも大好きなのに、彼は違う人と幸せになるなんて。

つくづく神様は不公平だと思う。ああ、今日くらい、悲劇のヒロインぶって泣いてやろう。


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