「はあー………。」
パソコンを眺めて溜め息をついたかと思えば気合いを入れるためか頬をバシバシと叩いてみたり。そんな動作をかれこれ2週間は繰り返している。さすがに、周りもそんなルーシィの様子を気味悪がってきていた。
「……はあ…」
あの日から2週間。ルーシィにとってはいささか刺激が強すぎたあの出来事が未だに頭を占めている。レオの柔らかい香りも確かに包まれた温もりも、全部ルーシィを支配していた。
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どの位そうしていたのか。暫くの間抱き締められていたルーシィだが、レオがすっと体を離して、ごめん、と謝ってきた。首をぶんぶんと横に振ると困ったように笑って、送っていくよ、と申し出る彼。
『…い、いいわよ、子供じゃないんだし。』
『さっきみたいに絡まれたらどうするの?』
『……そ、そのときはまた撃退するわよ、こう見えても空手黒帯なんだから。』
『………。』
意外そうに目を丸くしたレオだったが、やっぱり送っていくよ、とやんわり言う。
『で、でもうちここから遠いし、』
『じゃあ尚更だ。』
優しく笑いながらルーシィを促すと、ありがとう、とルーシィはレオの横に並んで歩き出す。
なにを話したらいいのか戸惑いながら沈黙が続き、だんだん気まずくなってきたとき、
『黒帯って、ほんと?』
と、レオに問われた。
『へ…?』
『さっき言ってたでしょ、黒帯だって。』
『ああ…ほんとよ。ママがうるさかったの。護身に関して。』
『…どおりで…』
『?どおりでって?』
『あ、いや、こっちの話。でも、さっきはご自慢の黒帯も役に立たなかったみたいだけど。』
『あ、あれは……その、いきなりだったし、気持ち悪かったしびっくりして…』
頬を赤らめて歯切れが悪そうに答えるルーシィに、レオは喉を鳴らして笑う。な、なによ、と少し頬を膨らませると、切れ長な目がすっと細められた。
『あんなの見ちゃったら、心配で一人で帰しがたくなるから…これからはちゃんと撃退しないと。』
『…心配って…それ、女の子にはみんなに言ってるでしょ。』
『はは、心外だな。』
『…だって、』
『それに、僕だけじゃなくてお母さんも益々心配するよ、さっきみたいなの知ったら。』
ぴたり、と歩いていたルーシィの足が止まる。並んで歩いていたはずのルーシィが視界からいなくなり、レオは少し振り返った。
『ルーシィ、』
『ママは、もういないわ。』
『え?』
『あたしが6歳のとき、死んだから。』
顔をあげてまた歩き出し、レオの横を通り過ぎていくルーシィの後ろをついていく。
『…ごめん、知らなかったから…』
『ふふ、いいの。』
『………』
すまなそうに謝るレオに、ルーシィはゆるゆると首を振った。
『…聞いてもいい?』
『ん?』
『彼女が実はいる?』
『ん〜、残念だね。彼女はいない。』
『………そう。』
ホッとしたような、じゃあ前にみたあの銀色の髪の女性は誰なの、とか逆に気になる事がわだかまりを残したけれど、残念だが自宅に着いてしまった。
『…あの、ありがとう。うちここなの。』
レオはルーシィのアパートを見上げた。
『…残念。』
『………うそ、ばっか。』
乾いたようにそう笑うと、ほんとにありがとう、とルーシィはレオに背を向けた。
『ルーシィっ…』
『え…?』
『……………あ……いや、おやすみ…』
『………おやすみなさ、い…』
きょとんとして彼を見つめると、レオは歩いてきた道を引き返していく。ルーシィはずっと、その背を見つめて立ち尽くしていた。
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「はあ…」
あれから二週間、逢いたくてもレオには逢っていない。連絡先も住んでいる場所も知らない。もしかしたらもう二度と、逢えることもないかもしれない。
「いいのよそれで…諦めるって、決めたんだから。」
諦める。
諦められるだろうか。
声も、温度も、笑顔も、今でもはっきり覚えているのに。
「………レオ。」
ぽつり、と誰にも聞こえないような声で呟いてみても当然返事は返ってこない。
なかったことになんて、始めからできなかったのに。
盛大に溜め息をついた後、自身を奮い立たせるように頬をぱちぱちとたたいてルーシィはパソコンに向き合った。
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