25年間生きてきて、誰かの心を欲しいとまで、思ったことは一度もなかった。ナツとも付き合ったけど、告白もナツからで振ったのもナツ。1年くらい付き合って、恋人らしいこともした。振られて泣いたりもしたけどそれはただ、いつも一緒にいた人がいなくなったからなのかなって思う。ナツといても、ドキドキしたりきゅんとしたりしたことはなかったし、友達が嬉しそうに彼氏の話をするみたいにナツの話はあまりしなかった。
彼は違う。
初めて会ったとき、こんなに綺麗な男の人がいるんだって目が離せなかった。話も、変にガツガツしてなくてホストクラブなんか初めてのあたしに合わせてあたしのペースで接してくれた。切れ長な紫色の瞳を細めて笑った顔は目印が下がって優しい顔。
だけど、優しげに笑う笑顔の下に寂しそうな、帰る場所をなくしたような笑顔を見つけてしまったから、だから彼から目が離せなくなってしまったー。
「ルーシィ、残業していくんですの?」
「んー…キリのいいところまでやっちゃおうと思って。」
明日休みだしね。
そう笑うと、同僚のシェリーはふう、とつまらなそうな顔をする。
「なんだ、つまらないですわね。今日はせっかくあなたと美味しいものでも食べに行こうと思いましたのに。」
「え?そうなの?でも今日金曜日じゃん。レンとは逢わないの?」
「……レン?どこのどなたかしらそれは。」
ふっと笑うシェリーはルーシィの目に少し寂しげに映る。お嬢様育ちで鼻もちならない性格のシェリーは入社当初こそよく言い合いしていたが、3年経った今ではなぜか気が合うようになり、月に2回は食事へ行く仲になっていた。そんなシェリーに管制官の彼氏ができたのが3ヶ月前。
「振られたの?」
「わ、わたくしが振られるわけがないでしょう?!あんな男、こっちから願い下げですわっ!」
頬を染めて憎まれ口を叩くシェリーだが、こういうときの彼女が大体強がりを見せているとよくわかっているルーシィはしょうがないわね、とパソコンの電源を落として帰り支度を整え出す。
「今日は特別っあんたに付き合ってあげるわよ。」
「……ルーシィっ」
大好きですわっと抱きついてくるシェリーにただし一件目はあんたのおごりよ、とルーシィは不適に笑みを浮かべた。
「ほんと、男なんて二度と信用できませんわ。」
「あはは、確かに〜。」
「…ちょっとルーシィ、真面目に聞いてくださいなっ。」
「いやあ、だってその話今日だけで5回目なんだもん。」
違う話しようよ〜、と苦笑いすると、シェリーは不満そうにしながら残っていた梅酒を飲み干した。
「ふん…そういうあなたは、最近どうなんですの?ホストの彼とは。なにか進展ありませんの?」
「あ〜…………あのね、シェリー」
あたしも振られちゃったの、そう言おうとしたとき、店員がいらっしゃいませー、と声を張り上げた。何名様ですか?と尋ねる声に「3人です。」と答えるその声は、聞いたことがある。
まさか、と店内への出入り口を見つめると、オレンジがかった金色の髪の見知った人物が友人と思われる男性2人とこちらの方へ向かってくる。
「う、そ。」
「…?どうしましたの、ルーシィ?」
急に挙動不審になりメニュー片手に隠れようとする同僚に怪訝な顔つきでシェリーが問いかけたとき、こちらのお席になります、と店員の高い声が耳に届く。
「あ…」
「………ルーシィ…?」
目を丸くしたルーシィの想い人のレオが確かにそこにいた。
「レオ、知り合いか?」
「ちょ、ルーシィ、こんな素敵な方達とお知り合いだったなんて聞いてませんわよ!」
「うん、まあ、知り合い…………。」
「へえ、いいじゃん、せっかくだしみんなで飲もうよ。」
いいかな?と白銀の髪の青年がルーシィとシェリーに尋ねると、ルーシィが答える前にシェリーが喜んでご一緒させていただきます!と勝手に答えた。勘弁して、絶対に嫌、そう目で訴えてみたが、伝わらなかった。
「…元気にしてた?」
「意外にも………」
レオって、いうんだ。本名…
テーブルを2つ繋げ、出来過ぎというくらいにレオと隣になってしまったルーシィは顔を見れて嬉しい気持ちと、あんな別れ方をした手間気まずい気持ちの間で揺れ動いていた。隣に座る彼との距離は、ホストクラブで話をしていた時よりも数段近い。
そういえば、ロキ…はあたしと話す時は全然触れても来なかった。
だから、今の距離はある意味ルーシィにとって拷問とも言える。振られた後にこんな近くに彼が居ても辛いだけだ。居心地が悪そうに身を縮こめて、キュッと固く唇を結んだとき、ルーシィちゃんはなに飲む?と、レオの髪型になんとなく似た方の白銀の髪の青年が聞いてきた。あれ、この人はなんて名前だっけ。
「あ、え、えっと…じゃあ、カシスオレンジで…」
「…俺も同じやつにする。」
「またか。だからさ、リオンは顔に似合わないって。」
ルーシィとシェリーは同時にカシスオレンジと言った白銀髪の彼を見る。端正だが少しクールな面持ちの彼にはカシスオレンジなどのカクテルよりも日本酒などが似合いそうだ。そのなんともいえないギャップに、ルーシィは心の内で可愛いな、なんて思ってしまった。(多分シェリーも同じことを考えていたはず。)
ほどなくして全員の分のアルコールが運ばれてきた為、お気楽そうな白銀髪の彼(ルーシィはまだ彼の名前を思い出せない)が乾杯の音戸をとった。
「では…レオのおかげでこんな素敵なレディ達に出逢えたことに…」
かんぱーい!
コツンコツンと、各々グラスを合わせてから、やっぱり居心地悪そうにカシスオレンジをちょびちょび口にするルーシィの横顔を、レオが時折見つめていた。
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