「また…飛び出してきちゃった…」

近くにあった小さな公園で、大人げない、と泣きながらブランコに座り深くうなだれるルーシィは、オレンジ色の髪をした青年の顔を思い浮かべ、また胸が熱く苦しくなり、益々止まらない涙を乱暴に拭う。ルーシィの脳裏にヒビキの言葉が過ぎった。

(……あたしも、その他の女と同じだよ…)

特別、なんてことはない。最近距離が縮まったような気がしていたし、ヒビキにああ言われもしかしたら、なんて淡い期待を持ったりしたが、レオにとってはなんてことなかったのだ。ただの友達、いや、友達でもないかもしれない。

「……あたしには、理解できない。」

好きでもない人を抱くなんて、とルーシィはぽつり呟いた。そういうことがあるのも、職場のシェリー以外の同期や学生時代の友人から聞いてきてはいた、だけど、自分には関係ないと他人事だったし、厳しく育てられてきたルーシィにはわからない世界だった。しかし想い人が他の女に触れたとなればまた別でこんなに苦しい。胸をギュッと掴み固く目を閉じると、砂利を踏む音が近づいてくる。変態だったらどうしよう、と、ルーシィは体を強張らせた。しかし、

「…ルーシィ。」
「………!」
「こんなとこに1人でいたら危ないよ。」
「……なにしに来たのよ。」

まさか追いかけてきてくれるとは思わずトクンと胸がはねるが、先程のやり取りを思い出し、我ながら可愛くない言い方だなとは思いつつもルーシィはつっけんどんに応えた。

「大事なお嬢様を迎えにあがりました。」
「………バカじゃないの。」

そんな言葉には騙されない。この男はホストだったのだ。女の子が喜ぶ言葉はなんでも知っている。

レオのほうを振り返ることなく少しだけブランコをこぐと、急に吊りでを握られ、かくん、とブランコが止まる。

「なによ。」
「いや、あの、さ。」
「だからなによ。」
「…………ごめん。」

レオを見上げると、少し伏し目がちに立ち尽くしている。ルーシィは目を丸くし、頭をふった。

「別に。あたしたち付き合ってないし、あんたがどこで誰となにしようが関係ないんだから、いいわよ謝らなくて。」
「いや…確かにホテルには行ったんだけど。」
「っ、聞きたくなんか、」
「聞いてルーシィ。」

立ち上がり、その場から逃げようとするルーシィの手首を掴みブランコ越しに向き合う。月明かりに浮かぶレオの表情が、どこか寂しそうで、だが少しだけ力強く見え、ルーシィはじっと彼を見つめた。ルーシィが逃げないのを確認すると、レオは間を置いてから話し出す。

「ホテルには行った。それは否定しない。でも、最後まではしなかった。」
「………は?」
「できなかったって言ったほうが正しい、かな。その、いざってときに勃たなくて、、」

レオの最後の言葉を頭の中で何度も繰り返し意味を理解すると、ルーシィはぼっと顔を真っ赤にしてうろたえる。経験がないわけではないがそこらの一般女子に比べれば雀の涙程であろう知識やシチュエーション。いやに生々しく伝えられ、ルーシィの体が強張る。しかしレオは話を止めなかった。

「前は確かに…体だけの付き合いもあったし…ルーシィには理解できないようなこともしてきたけど。もうそんなこと、本能ができないって言ってるのがよくわかった。」
「……ど、どうして。」
「さあ…どうしてかな…。」

スッと長い指を形の良い唇に滑らせると、本人は自覚はないだろうが熱を含んだ瞳と視線が交わる。そのまま愛おしそうに彼女の頬を撫でると、ルーシィがじわり、と涙を浮かべた。レオは優しく笑い、涙を指で掬う。

「……ひどいこと言って、ごめん。」
「………。」
「……嫉妬したんだ。」
「……え?」

嫉妬?

レオの顔を見つめるとまた、初めてみる自信のなさそうな顔にルーシィは不謹慎ながらも、可愛いなどと思ってしまった。いつになく自分の心を露わにする彼に緩みそうになる口元を引き締め、レオの言葉を待つ。

「ルーシィが…他の男と一緒にいたのを考えただけで、胸が苦しい。」
「レオ、」
「………こんな気持ち初めてで、どうしたらいいか…わからなくなった…。」
「………。」
「君に八つ当たりしただけだよ、ほんとごめん。」

ふにゃんと頭をうなだれさせるレオに、ルーシィはあることに気が付いた。

(…そっか。レオはほんとは自信なんてないんだ…。)

いつもいつも、その立ち振る舞いや表情は彼が絶対的にもつ自信とプライドからきているものだとばかり思っていた。だけど本当はそうじゃない。自分の弱さをひた隠すためにそうしているだけだ。誰かと向き合い心をゆだね、失うのが怖いから。ヒビキやリオンにすら、一線を引いているようにも感じる。中学生という、多感な時期に親を亡くし、自分のせいだと責め続けていた彼が必死に守ってきたものは自分には計り知れない。ルーシィはふわっ、と彼の頭を抱き寄せる。

「……え、」
「…バカね。」
「ルーシィ…?」
「誰もいなくならないわよ。ヒビキもリオンも、お姉さんもシェリーも……あたしも。」
「………。」
「みんなあんたが好きなんだから。あんたのこと残していなくなったりしないわ。まあ、人だからいずれは老いて死ぬけど……きっと誰も、もう二度とあんたのそばを離れようだなんて思わない。」
「ルーシィ、」
「……だから、赦したって、ゆだねたっていいのよ、あんたの全部。」

ゆるゆると撫でられる髪に重なる温もりが心地よく、レオは瞼を閉じた。これまでの自分の虚栄心や恐怖が、ルーシィにより一つ一つ解かれていくような気がする。

¨こわい¨

無理矢理守ってきた心が全て、目の前の彼女に救われてしまう。どこかでそう願ってきたはずだが、自分を囲んでいた砦が崩されることが怖いのだ。もうきっと、後戻りできなくなる。

レオはルーシィの胸の中で彼女の腰に腕を回し、泣き出した。



もう、大丈夫ね。

そんな声が聞こえたような気がした。

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