逢いたかったんだー

ルーシィの邪気のない瞳が心細気な青年から目をそらさずじっと見つめていた。帰る場所を失ったような、捨てられたような淋しそうな瞳。ルーシィの胸がちりちりと焼けるような痛みに襲われた。
彼の笑顔の下に隠されたのは、彼の弱さと痛みなのだと、このときに明確に気がついてしまったルーシィは、どんな言葉をかけたら良いかわからなかった。
なにかあったの?
そう聞きたいが、なにかあったとしてなぜ自分の元に来たのかもわからない。彼がなにを考えているのかは、その表情からは読み取れない。
暫くの間続いた沈黙は、レオが立ち上がったことで打ち切られた。

「…ごめん、やっぱり忘れてくれていいから。」
「え?」
「…今更だよね。僕はもう失礼するよ。」
「ちょ、なに言って…」
「じゃあ、お風呂とスープありがとう。」

逢えて良かった。そう言って玄関の方へ向かうレオの腕をルーシィはつかんだ。

「ちょっと…勝手に話して勝手に終わらせないでよっ…」
「ルー」
「…逢いたかったのは、あたしの方なんだからっ…あんたの気まぐれだとしても、嬉しかったのよっ……」

辛そうに顔を歪めるルーシィを、呆然と見つめるレオは力がこめらている彼女の細い手が震えていることに気がつき、目を丸くしたあとその切れ長の目を細める。

「……この間、両親の命日だったんだ。」
「え…?」

誰の?レオの?

ルーシィの瞳が大きく見開かれる。

「…中学三年のときだよ。交通事故で死んだんだ。僕も重症だったけど、奇跡的に一命をとりとめた。」
「……そんな、」
「命日になると、いろんなこと思い出しちゃって。家族が幸せに過ごしてたときのこと…それが一瞬で崩れたときのことも…」
「レオ、」

これだったのだ。

同じ傷だと感じた直感も、彼がいつも悲しそうにしているのも、家族を失った過去。それがルーシィが感じていた違和感だった。

「…でも、そのときお墓で金髪の女の子を見かけたんだ。君だと思って追いかけたんだけど、全然知らない人でさ。」
「……。」
「そのときだけは…君のことしか頭になかった。それから無性に君に逢いたくて…悩んで悩んで…あんな振り方したし、もう嫌われても仕方ないって、でも、」
「………。」
「………来て正解だった。」

ルーシィの瞳から涙がポロポロとこぼれ落ちる。どうして泣くの、と問う彼に、ふるふると首を振ると、レオは静かに微笑んでから、おやすみ、と部屋を立ち去った。ドアの閉まる音で、しんと静まり返った室内にぽつんと立ち尽くすルーシィだが、乱暴に涙を拭って鍵を持ち、今し方出て行った彼の後を追う。

追いかけなければこれが最後になる。

諦めるなんでできない。

だったら、彼が心を許してくれるまで、あたしは…

オートロックが聞いたアパートのエントランスをあけて外に出るといつの間にか雨は止んでいて、少し先を歩くレオの後ろ姿を見つけた。その背中が寂しそうで、ルーシィは駆け寄り、温かく広い背に抱き付く。突然の衝撃と柔らかさに驚いて後ろを振り返れば、さらさらと金色の髪が風になびいていた。

「ま、…って…!」
「…ルーシィ…」

だめだよ、とルーシィを自分から引き離そうとしたがより一層力が込められるだけだ。気持ちを制御していたタガが壊れそうだ、とレオは目を瞑る。

「…だめだって…これ以上は僕は君を…」
「なにがだめなの?あんただって、あたしのこと抱き締めたじゃないっ…」
「っ…あのときとは、」
「一人にしたくない、一人でいたくない…今日帰ったら、二度と逢えない気がして怖いのっ…」

―行かないで。


体を離し俯くルーシィにレオは困ったように笑みを見せる。肩を震わせ泣いているルーシィの涙を、初めてそうしてくれたような掬ってやれば綺麗な泣き顔で自分を見つめるルーシィがいた。

「弱ったな……ルーシィだけは…だめだって、言い聞かせてたのに…。」

レオがルーシィの唇を指でなぞり顎を優しく掴んで上を向かせると、ルーシィが熱を含んだ瞳で見上げてくる。

ああもうだめだ。彼女だけは絶対に…そう言い聞かせたはずなのに、気付けば彼女を求めてて、引き返せないところまで溺れている。ルーシィ、ルーシィ、ルーシィ。

「ルーシィ…」
「っ……」
「僕はほんとは君をー」

初めて、きちんと彼と視線が交わった気がしてルーシィの胸が今まで以上に音を立てた。そのとき。

ぽつ…ぽつ……

「っうそ……」
「っなんていいタイミングで…」

再び降り出した雨の中、二人はルーシィの部屋へと走り出す。けれどレオはどこか嬉しそうで、ルーシィもその横顔に頬を緩めた。エントランスに駆け込めば雨脚は強くなり、レオは少しだけ濡れた借り物のシャツを見て、せっかくシャワーに入ったのにと溜め息をつく。考えてみれば借りたシャツとジーンズを返さなければならないために、もう一度ルーシィに逢うのは決まっていたのに。隣で雨を見つめる彼女の先程の余裕のなさぶりに思わず笑みがこぼれた。

「……な、なによ…っ」
「いや?愛されてるなあって。」
「な、あんたなに言って……!」
「…明日は日曜日か。……夜は長いねルーシィ?」

そう彼女の顔を覗き込めば、真っ赤になりながら強烈な回し蹴りを鳩尾にヒットさせてきた。壁に寄りかかって痛みに耐えてはみたけど、そういえば彼女は黒帯だった、すっかり忘れていた。

「来週…金曜日6時半に、八王子駅の改札口……」


待ってるから来なさいよね、なんて言いながら階段を上っていくルーシィに、あれでもさっきは勉強しなさいとか言われたような、と言いつつも僕はへにょんと笑って、かしこまりました女王陛下、と返事をした。

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