私には捨てられないものが3つある。

1つは妖精の尻尾。
2つは鎧。
3つは―




「エルザの髪の色って綺麗だよね〜。」
「ん?」
「あたしなんか金よ、金!いいなあ、あたしも赤い髪が良かったなあ!」

どこに居ても目立つじゃない、赤って?と、ルーシィは金色の髪を指でくるくると巻きながら不満そうに呟いた。そんな彼女の所作を、相変わらず女の子らしいな、などと心の中でくすくす笑い、ミラジェーンが作ってくれた特製トロピカルジュースを口にする。一口飲んでから、ゆったりとルーシィの方を向き、エルザは柔らかい笑みを浮かべた。

「ルーシィの髪の色も綺麗ではないか。」
「でもぉ、忘れないじゃない赤い髪って。」
「―…っ…」

急に、目を見開き言葉に詰まったエルザにルーシィはきょとんとした表情を浮かべる。戸惑ったようなエルザにルーシィは何か悪いことを言ってしまったのかと、少し不安になった。

「エルザ…?」
「あ、ああ、すまない。」

再び、ジュースを口にしエルザは沈黙した。

あ、まただ。最近エルザはいつも今みたいな顔をする。

ルーシィはじっとエルザの横顔を見つめるがミラジェーンにルーシィ、と声を掛けられすぐに視線をそらした。エルザがこんな顔をする時に考えていることはわかる。幼い頃に苦しくて、けれど大切な時間を過ごした何にも変えがたい、スカイブルーの髪の色の青年―もう記憶の中でしか逢えないジェラール。そんな時のエルザは、ルーシィが知らないエルザになる。それ以上話しかけることはせず、黙ってエルザが口を開くのを待つことにしたルーシィはミラジェーンに微笑んだ。

「…ルーシィと同じことを言う奴がいた。」
「え?」
「…私の髪の色を―」
『お前の髪の色―』

ああ、そうだ。
私が捨てられない最後のものは。




『エルザっ!!!大丈夫かっ……!!』
『……ジェラール…』

奴隷時代―私が生きる理由になっていたのは間違いなくショウを守るということだ。ショウを守らなければと思い続け、寄り添ってきた。だけど、[生きる支え]になっていたのは空のように青い髪の清閑な勇気ある少年だったんだと、今ならわかる。いつも危険を顧みないで私を助けてくれた。いつも私を、皆を守ってくれた、優しい彼。






その日、私は見張りの男に連れていかれて言われるがままに男のモノを加えた。最初は抵抗したが、暴力を受けて殺すぞと言われてしまい、生き抜く為には目の前の男に従うしかないのだと幼いながらに判断した。初めて見る男のいきり立ったソレには恐怖しかなかったが、死にたくないという思いに捉われた私はためらいながらソレを口に含んだ。むっとする、むせかえるような不快になる匂い―歯があたれば顔を殴られやり直しだと髪を掴まれる。幼い子供の小さな口には納まり切らない膨張したソレ。それでも必死に愛撫すれば、男のソレから苦い汁が出てきた。だんだん興奮してきたのか男は腰を振り私に打ち付ける。喉の奥にあたり苦しくて苦しくて嘔吐感を覚えるもふさがっている私の口は吐くことなど許されない。代わりに、生理的な涙がとめどなく流れた。

『…イ、イク!!!』
『…!!!!』

男が叫べば、先ほどより苦く鼻につく匂いのぬるっとした液体が口の中に広がった。ごほごほと咳き込んで苦みに耐えきれずに吐き出すと白くぬるぬるしたものが口から大量に零れる。男はちっと舌打ちして、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった私の顔を殴ると『明日も可愛がってやる。』と言い残してその場を去っていった。残された私はどうしたらいいかわからず、ただ、本能的に[汚された]ということだけが私の中を駆け巡り悔しくて、悲しくて、声を殺して泣いた。どれだけ泣いてもこの先に待っているのは労働よりも過酷な生き地獄だ。どうやって、どんな顔をして皆に会えばいいだろう。普通に笑うことなんかもうできない―そう思っていた時。

『エルザ!!!』
『―……!!!』
『ウォーリー達が、エルザが男に連れていかれたって………嫌な予感がして、探したんだ。』
『……来ないで。』

汗だくなジェラール。自分の仕事を放り出してまで、私のことを探してくれていたのだろう。そんなことがばれたらただじゃ済まないのに。

『エルザ…』
『…見ない、で…』

ジェラールにだけは、見られたくなかった。こんなことをした自分、受け入れた自分。生きるためにプライドも道理も捨てた、自分。見られたくなかった、知られたくなかった。行き場のない怒りに、悲しみに、悔しさに、押しつぶされそうになる。私が泣いていると、ふわり、と後ろから温かい感覚が伝わり先ほどの男とは違う優しい手が髪を撫でた。

『…何も言わなくていい。』
『……。』
『エルザは変わらない、変わらなくていいよ。』

そんな―私は少なくとももう、人間の別の汚い一面を見た。変わらずにいることがどれだけ難しいだろう。私はジェラールを見つめた。

『エルザが、変わってしまうと自分で思ってるなら俺がエルザを変えないよ。他の、誰よりも先に、誰よりも一番に、エルザを守るから。だから、エルザは笑ってて。』
『………ジェラール……!』

この時の私でも、ジェラールが言っている意味がわかった。守る、なんて形は一つじゃない。あの頃のジェラールには男から完全に私を助けだす力などなかった。すぐに解放することは難しかった。それでも守ると言っていたのは私が変わらないように―笑顔を失わない、失わせないように支えてくれることを彼が誓ったから。それだって彼の負担になるのにジェラールの気持ちが嬉しかった。私にはジェラールが必要だと、この時初めて心から思ったのかもしれない。

『―スカーレット…』
『え?』
『一度会ったら、忘れないな、エルザは。どこに居ても見つけられる。』
『……どうして?』

私が不思議そうな顔をすればジェラールは優しく笑って私の髪を指に絡める。顔が熱くなり、ぱっとジェラールから視線を反らした。

『エルザの髪の色―スカーレット、だからさ。』
『……。』
『さ、戻らないと皆心配してる。行こう。』

ジェラールは私の手を取り、歩きだした。私達の仲間の元へ。私は繋いだ手が温かくて静かに、また泣いた。



『お前の髪の色だった―。』


「ルーシィ…。」
「?なあに?」

ようやく口を開いたエルザに、ルーシィは優しく応える。エルザは困ったように笑って、自身の緋色の髪を手に取った。

「…私は…このスカーレットが捨てられないくらい大切らしい。」

かつて彼がこの髪にちなんで名をくれた。この髪を忘れなかった。ならば私はこの髪を捨てられない。捨てるわけにはいかない。

ルーシィがにこっと笑い、「そっか!」と一言応えれば、エルザも穏やかな笑みを浮かべて再びジュースを飲み始める。ミラジェーンがにこにこして、「ふふ、今日は特別にスペシャルピザ焼いちゃおうかしら。」と奥の方に下がっていくのを、優しく笑いながら見つめているエルザは幸せそうだった。


―3つはこの髪、スカーレット。






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