「…嘘でしょ?」
「なわけないだろい。明日、親父から正式な発表があるからよい。」
「エースは知ってたの?」
「だいぶ前から、ない。」
目を見開き驚いた****は、顔を引きつらせ慌てて船内へと走っていき、エースの部屋をノックもせずに勢い良く開けた。「****?」と能天気な声が返ってきたことに尚更腹が立つ。
「あんた…知ってたのね?」
「何をだよ。」
「あたしが、一番隊の副隊長に抜擢されること!」
エースの腕を掴み真っ直ぐに彼の目を見つめて声を荒げると、それまでへらっとしていたエースの表情が引き締まり、真剣な顔付きで「知ってたぜ。」と一言返された。
「…何で教えてくれなかったのよ!あたし…!!」
―二番隊にずっと居られると思ってた。
逢えないわけじゃないが、一番隊と二番隊では仕事の領域がまるで違う。これじゃあ、何の為に海賊になったのかわからない。不純かもしれないが、エースの傍に居るために二番隊を志望した。いつか彼の下で海賊をしたいと思って―それなのにこれでは…。
「エース、あたしは…!」
「一番隊はマルコが隊長になる隊だ。働きやすいとこだぜ。それに、わざわざ違う隊から抜擢されたんだ。誇らしく思えよ。」「…っ…!」
ただ、隊が変わるだけ。
たったそれだけのことではあるが、****にとっては死活問題だった。だが、エースがどんな人間でどんな志を抱いているか知っている。
きっと、ここで弱音を吐いたり不満を言うようなヤツはエースの傍に居る資格はない―
エースに背を向けて、****は小さく呟く。
「…早く、隊長になりなさいよ。」
―あたしより、強くなってよ。
「言われなくてもなってやるよ。そんで、引き抜き返してやる。」
エースの言葉に****は耳を疑った。思わず振り返り彼を見ると頬は少し赤く染まっている。
「…エース、今何て…」
****がエースに近寄ると、ぐいっと引き寄せられエースの腕に包まれた。突然のことに動揺を隠せず、上ずった声であたふたする彼女の肩に顔を埋めてエースはぼそっと言葉を漏らす。
「…………馬鹿ヤロー……なんでついて来たんだよ……」
―待ってろって言ったろ?
「…だ…って………」
身体を離された時には****の顔はゆでだこのように真っ赤で、口をパクパクさせている彼女を見てエースはくっと笑みを漏らした。
「俺が引き抜き返すまで、死ぬなよ。」
「…エースこそ!」
ニヤリと笑ってそう言ったエース。そういう顔をするときは、何か確信があるからだってあたしは知っている。
あの日、あたしは確かにエースと約束を交わした。お互いの気持ちはもちろん、その時に伝わったけれどだからと言って、世間一般でいう「恋人」になったわけではない。約束を交わしたから―それまでは…。
「でもあれからもう一年半経つのにエースに何も言われないんでしょ?」
「そうね〜。あいつ…忘れてんのかな。」
「お、****やっと見つけたぜ!」
ナーガにそう言われ、眉間に皺を寄せているとタイミング良く渦中の人物―エースが入って来た。大きな手のひらでわしわしと****の頭を撫で、隣にぽすっと寝転ぶ。
「何?」
「あのな…ぐー…」
「って、寝るな!!!!!」
いつもの癖でいきなり寝るエースの額をごつっとグーで殴り起こす。パチッと目を開けて額を押さえる目の前の男に****は呆れて溜息を漏らした。何度エースに溜息をついただろう。そんなことを考えていると、ナーガがコーヒーをエースに差し出し柔らかに微笑んだ。
「で?結局何の用事なのかしら?」
「サンキュー。あー、****、マルコが探してたぜ。何か、仕事がどーのこーのって。」
「あー…!やっば…すっかり忘れてた!どうしよう〜…マルコ怒ってた?!」
「いやー?」
「ちょっと行ってくる!!」
バタバタと男らしく部屋を出ていく****を見送りながらコーヒーを啜ろうとすると、ナーガにカップをすっと取り上げられ、エースは彼女を見上げた。美しい金色の髪が視線を奪う。エースから取り上げたカップをデスクに置き、椅子に腰掛けると含み笑いで彼を見つめる。
「約束は、まだ果たせないの?」
「いーや、明日なんだ。あいつには言うなよ。」
「そう。あんまりぐずぐずしてるからもう時効なのかと思ってたわ。」
「んなわけねーだろ?」
「そうね…でも、もたついてると誰かに獲られちゃうわよ?」
「はははっまじかよ。誰に?」
「そうね…たとえば、あたしとか?」
妖艶な笑みを見せるナーガに、最初は軽く笑っていたエースだったが、本気か?と少し焦って聞き返した。
「ふふ、どうかしらね。」
「……(要注意人物だな、こいつ…)。」
―君との約束まで、もうあと一歩。
近づけるまであと少し