「久しぶりだね、ここにくるの。」

枝葉が茂る、懐かしい風景。幼き頃と何一つ変わらない。変わってしまったものの多い中、変わらずに守れたものは少なく貴重だ。

「変わらない、ここは。草も花も木も、湖も昔のまま。」
「そうですね。」
「ねえ覚えてる?私、パパとママに怒られたこと一度もなかったけど、初めて怒られたときのこと。」
「…覚えてますよ。大変でしたから。」
「ふふ…この幹の下だったよね。」

なまえは大きく太い、千年桜の幹に手をのばした。幼き頃、両親に叱られて無我夢中でこの木の下に走ってきた。外は風が少し冷たかったために、根元に空いていた子供一つ入れるほどの穴に入り込み、寒さを凌いだ。だが、確かに自分がわがままを言っていたことはわかっていた。それでも、駄々をこねたかったのだ。

「昔からあたし、レギュにべったりだったから。」
「……。」

今もですけどね。と喉まででかかったのを抑えたレギュラスは小さく笑った。

なまえが逃走したあの日は夏休みに一週間、ブラック家と休暇旅行に来ていた最終日だった。レギュラスのそばにいたくて帰りたくなくて駄々をこねたなまえを初めて叱った両親。しかし反発したなまえは拗ねて湖畔の遊歩道へ走って行ってしまったのだ。

「きっと、一番最初に来てくれるのはレギュだって思ってた。」
「…すごい自信ですね…。」
「だってレギュも、あたしにゾッコンだったでしょ?」

くすくす笑うなまえに、僅かに頬を染めたのは当たりだからだ。なんだかんだ言いながら、生まれたときからそばにいた彼女をずっと、愛しくて守りたくて、強くなりたいと願っていた。あの日も、なまえがいなくなったことを聞き必死で探した。




『なまえ!』
『…レギュ?』
『やっぱりここにいたんですね、何をしてるんですか、みんな探しています。』
『いや!かえりたくない!レギュといる!』
『なまえ…』
『レギュといたいの!だからかえりたくない!』
『なにを子供みたいなこと言うんですかあなたは。』
『子供だもん!』
『…いいですか。あなたは生涯僕と一緒です。お嫁さんになるんです。そうしたら、両親とはなかなか一緒にいられません。そのときのために、今、たくさん両親と一緒に過ごす時間が必要なんです。』
『…そうなの?』
『はい。』
『じゃあなまえ、レギュのお嫁さんになれるの?』
『ちゃんと両親のいうことを聞いていれば。』
『…じゃあ、帰る。それで、レギュのお嫁さんに、なる。』


「レギュってあのとき5歳よね?」
「ええ。」
「昔からしっかりしてたよね。」
「なまえが子供すぎるんですよ。あんな駄々こねて。」
「いや普通だよ6歳らしいよ、それにあれは…」

なまえが頬を膨らませて反論しようとすると、ふっと視界が塞がった。柔らかな感触が唇に伝わり静かに目を閉じると、少し冷たい手が、指を絡めとる。

「僕の言う通りになったでしょう。」

ニヤリと笑うレギュラスは、ほんの少しだけ小さな皺が、笑うと浮かび上がるようになったものの、昔と変わらない。意地悪なのも、優しいのも、口が悪いのも。
なまえは顔を真っ赤にして、キザ!なんて叫びずかずかと先を歩き出す。その光景がなんだかおかしくて、くつくつと喉を鳴らすレギュラスはゆっくりなまえを追いかけた。

「転びますよ。」
「ふん!レギュのばかばかばか。」
「なまえ、あなただけの身体じゃないんですから。」

そう言われ、ぴたりと止まりなまえが振り返るとレギュラスがいつの間にか真後ろにいた。ため息をつきお腹を撫でると「そうだよね。」なんて声が小さく漏れる。

「あなたも変わりませんね。」
「そうかな。」
「そうですよ。」

顔を見合わせお互いに微笑むと、なまえは寂しげに俯いた。

「この子、シリウスに見せられるかな。」
「……見せられますよ、きっと。」



風が秋の匂いがし始めた。

気付けば僕らは大人になってた

(何十年経っても変わらないのだろう。)