なんてことない、いつもと同じ光景のはずだった。シリウスが女性にモテるのはわかっていたし彼がそんな、自分に寄ってくる女性に興味がないことも知っていた。だけど今日は、シリウスに触れる女性達に、それを受け入れるシリウスに、嫌な気分になった。

「どうしたんですかなまえ先輩。」

朝食後、授業のないレギュラスは銀色の真っ直ぐな長い髪の女性が広間を見つめている姿を見つけ、声をかけた。あ、レギュラス君、とふわりと振り向いたその女性は少し眉を下げ寂しげに笑う。彼女の見つめていた先に視線をやると、自分の兄とそのまわりにまるでケーキに群れる蟻のように彼を囲む女性達がいた。小さく溜息をついて、「呼んできましょうか?」と苦笑いをするレギュラスに少し頬を紅くして「大丈夫よ。」となまえは首を振った。

「あのコたち、皆純血よね、きっと。」
「そうでしょうね。」
「…ふふ、羨ましいなあ。」
「…なまえ先輩?」

自信なさげに呟かれた言葉はなまえらしくない。レギュラスは少しだけ目を開き、彼女の美しい横顔を見た。すると、なまえは気まずそうに笑顔をつくりごめんと謝る。

「兄さんと何かあったんですか?」
「シリウスとは、何も。」
「その言い方だと兄さんじゃない人とは何かあったみたいですよ。」
「あ…ふふ、そうね。」

ゆったりと返される返事は静かにレギュラスの頭に響く。広間ではシリウスがなまえに気が付くことなく女性達と楽しそうに会話をしているのが見える。実の兄ながら好きな女性をこんなところに放っておくその行為にレギュラスは呆れはて、すみません、となまえに言うと、大きな翡翠の瞳が一瞬まあるく開いたあと、ゆっくりと瞬きがなされた。

「どうしてレギュラス君が謝るの?」
「なまえ先輩、悲しそうな顔をしてるので。」
「…ごめんね、なんか気遣わせちゃったみたい。」
「いえ、兄さんが悪いので。」
「ふふ、優しいのね。ね、少し散歩しない?ご覧のとおり私も授業がないの。」

くすくすと鈴の音のように笑うなまえの可愛らしい笑顔に、レギュラスがいいですよと頷くと二人は歩きだす。

「レギュラス君、最近よく笑うようになったよね。」

歩きだすとなまえがそんなことをいいだしたので、そうですか?と訝しげに顔をしかめるとそうだよ、とまた彼女は静かに笑った。確かに入学当初は笑ったことなどなかったかもしれないな、と考えると最近笑顔が増えた理由にレギュラスは心覚え、眉間に皺をよせる。

「あのこのおかげ、というか効果、というか。」
「………やめてください。」
「あら?振られたのかな?」
「振られてません!あ、いや…あ、相変わらずですよ。」

ムキになって否定したことが恥ずかしくなり、レギュラスは顔を僅かに赤くして平静を繕うがなまえはにやにやと笑いながらへーと頷く。あの変態に振られたなんてことがあれば末代まで語り継がれる恥というか、いやそんな話よりも今はなまえのことではないか。レギュラスはコホッと咳払いするとなまえの横顔を見つめ、今日の先輩はなんだか変ですよ、と反撃する。するとなまえは予想外に黙ってしまい、歩いていた足を止めて俯いた。

「…先輩?」
「………レギュラス君は、穢れた血は嫌いよね?」
「え?」
「純血主義でしょう?」

レギュラスはこれまた予想外の問いかけになんと答えたら良いかわからなかった。だがこれで彼女がなぜ今日少しおかしいか察しがつく。シリウスは腐っても純血だ。ブラックの血をひいている。それは自分も同じ事。だがシリウスの恋人であるなまえは両親共にマグルだという事実は有名だった。学年を飛び越えて有名なのは彼女が学年一の成績を納める首席ということと一度見たら忘れないほどの優れた容姿の持ち主だというのが災いし、一躍有名になってしまっている。それだけで彼女をマグルのくせにと妬む生徒達がいるというのに、加えてかの有名な純血主義のブラック家の人間であり容姿端麗成績優秀なシリウス・ブラックの恋人となれば面白く思わない女生徒達がいることは言わずとも知れず。確かに彼女はマグルだが、そこらの純血女生徒達よりも賢明かつ穏やかであり、美しい。レギュラスは純血主義だが最近彼にかかわる誰かの影響も相乗して、なまえだけには差別の壁を一つも向けていなかったしそれどころか彼女と話すことは楽しくもあった。一つ一つの動きや口から紡がれる言葉は優雅で繊細で、実兄が夢中になるのも納得できる。

「確かに僕は純血主義ですが、なまえ先輩は別ですよ。」
「…でも他のマグルは嫌いなのよね?」
「僕は純血主義の一族の中で育ったんです。今までマグルを穢れた血と蔑む人の中で育った。まあ、兄さんみたいに例外もいますが…。それでも、それが当たり前の世界だったんです。」
「…うん。」
「だから、いきなり根底からはかえられません。それに他のマグルとは彼等を知り得るほどに関わっていない。でも、なまえ先輩は。」

レギュラスは翡翠の瞳をじっと見つめ、彼女の視線に腰を落として手を取った。翡翠の瞳の中に自身が映り別の世界に引き込まれたような感覚に陥りながらじっとなまえを見つめると、彼女もまた、レギュラスの言葉を待つように彼をじっと見つめている。少しの沈黙の後にレギュラスは一息ついてから口を開いた。

「なまえ先輩は、僕が知る魔女の中で一番優秀で、綺麗で、何より優しい。」
「レギュラス………」
「僕はそれを知っています。だからなまえ先輩がマグルだろうとなんだろうと、兄さんの恋人であることが誇らしいですよ。」

兄さんの恋人であることがもったいないくらい。と付け加えればなまえはクスッと笑いだす。

「ありがとう、レギュラス。なんか少し元気になってきたわ。」
「それは良かったです。」
「…やっぱりシリウスの弟ね。笑った顔も困ったような顔も仕草も、優しいところもよく似てる。」

ふわっと穏やかに笑うなまえはやっぱり綺麗で可愛くて、レギュラスはあんな兄と一緒にしないでくださいと反論しつつ兄にどんな風にしてこの件を伝えてやろうかそれとも二人だけの秘密にしようか、少し考えた。すると、レギュラスが手をくだすまでもなく後ろからシリウスが走ってきたのが見え、ちっと舌打ちをすればなまえっと廊下に響き渡る低い声に呼応してなまえが後ろを振り向く。

「シリウス。」
「何してんだよ、レギュラスと二人で。」
「あら、シリウスには関係ないわ。」
「関係ないことねーだろ。」
「…誤解しないでくださいよ兄さん。僕はただ、なまえ先輩の気持ちも考えずに鼻の下を伸ばしたみっともない顔で女生徒達に囲まれていた兄さんの話を聞いてただけですから。」
「……………。」

おいおい一言余計じゃないかと、じゃあ僕はこれで、と去っていく可愛いツンデレ弟に内心で突っ込みつつ、隣にいるなまえをちらりと見た。なまえは普通には見えたが心なしかむっつりしているようにもうかがえ、シリウスは彼女の白く滑らかな頬にそっと触れる。

「怒ってんのか?」
「怒ってないわ。怒ることなんか、何もないもの。」

口ではそう言うものの、シリウスはおモテになりますからあれくらいで怒ってたら身が持ちませんしねとやはりどこか冷たい口調でそっぽを向くなまえにシリウスはニヤニヤと口元を緩めて彼女を後ろから抱き締める。なんて可愛い奴なんだ、と、胸がきゅうと締め付けられシリウスは細い首筋に顔を埋め、妬くなよと囁いた。



尖った唇がその証


(シリウスの馬鹿。)
(ああ、悪かった。)