シリウス・ブラックは有名な純血主義の名家の長男。マグル生まれマグル育ちの私とは縁のない人だった。…リリー・エバンズと仲良くなるまでは。



「なまえは好きな人とかいないの?」
「……どうしたの急に。」
「だってなまえってばこんなに綺麗なのに浮いた話一つも聞かないじゃない?」
「あはは…だって本当に何もないから。」

長い睫毛が瞬きにより揺れる。談話室で本を読んでいたなまえの向かいに、リリーが腰掛けたところからこの話は始まった。確かに周りを見れば恋だのなんだのが飛び交うお年頃。この間も、レイブンクローの女の子が想い人に告白したらしく、好きな人がいると断られたと廊下で泣いているところを友達が慰めていたのを目撃したばかり。あの時の気まずさと言ったらなかった。しかも聞こえてきた限りでは相手はあのシリウス・ブラックだというのだ。好きな人がいるだなんて一番無難な断り文句であるのだから、なんともまあ、御愁傷様と心の中で呟いたのは記憶に新しかった。

「でも、なまえモテるじゃない。」
「そんなことないわよ。」
「あら、毎日のように男子生徒から告白されてるの私知ってるのよ?」
「…う。隠してたつもりだったんだけど。」
「んん、私の目は誤魔化せないわよなまえちゃん。ね、告白してきた人の中で付き合ってみようって思える人いなかったの?」

身を乗り出してずいと詰め寄るリリーに、なまえは読んでいた本を静かとじて苦笑いをする。確かに毎日のように付き合ってくださいだの好きですだのは言われているが、特別ときめいたことは一度もない。誰かと付き合うだなんて考えなかったし興味もなかった。ましてや一度も話したこともない自分のことを好きだと言ってくる彼等の言うことを真に受けるほど馬鹿でもない。

「私、彼等とは話したことないし、どんな人か知らないもの。」
「じゃあ知ってる人ならいいの?」
「…そうゆうわけでもないけど……」
「ねえなまえ、シリウスはどう?」
「へ?」

なまえにしては珍しく、気の抜けた声が出る。シリウスとはあのシリウスだろうか。いや、リリーと共通で知ってるとしたらやはりあのシリウスしかいない。

「シリウスよ、確かにジェームズと一緒に馬鹿やってるけど、あいつなら悔しいけど美形だし背も高いし、なまえとお似合いだし。なまえ仲いいじゃない。」
「仲いいってゆうか…まあ、よく話すわね。でもそれはジェームズやリーマスや、ピーターも同じよ?」
「うーん、そうなんだけど。でもなまえ、シリウスが女の子と仲良くしてたら機嫌悪いじゃない。」
「…え?」
「え?って、もしかして気付いてないの??」

困ったように笑いながら、あららシリウスも大変ねとこぼすリリーに、なまえは目を丸くしたまま固まった。考えてみれば確かにシリウスが女の子と話しているときはいい気分がしない。だがそれは、彼の女癖の悪さが自分の中の道理に反するからだと思ってばかりたいたため、彼を好きだとかそんな理由だとは露にも思わなかった。それでも、やはりシリウスに恋をするなんてありえないと首を振って否定する。

「ない、ないない。だってシリウス女癖悪いし。」
「あら、でもそれはなまえの為みたいよ?」
「…私の?」
「私もシリウスとはよく話すけど…なまえって、シリウスにとって他のコと扱いが違うってゆうか、大事にしてるってゆうか。周りから見たらそんなふうに見えるのよね。ほら、一時期嫌がらせ酷かったじゃない?」

確かに、シリウスと仲良くなりだしたころから靴がなくなったり教科書がなくなったりと嫌がらせが物凄かった。一番酷いときは、階段で誰かに押されて足の骨を折ったことかもしれない。それがシリウスのせいだとは考えもしなかったが。

「だからなまえが嫌がらせ受けないように女の子と一緒にいるだけで実際は何もないはずよ。」
「………そう、なの?」
「うん、ジェームズが言ってたわ。」

足の骨を折った事件からとくにね、とリリーは付け足す。あれから特段、何かされるようなことはなくなったのは事実。女遊びが激しかったわけではないと知り何故かホッとする自分がいたことになまえは少し驚いた。まさかシリウスがそんなことを考えてくれていたとは―いや、しかしそこまで彼にしてもらう義理はない。何の為に?とリリーに問えばにやにやしながら、シリウス本人に聞いてみたら?と言われてしまい、なまえはうーん、と首を傾げる。

「………。」
「ねえ、本当にシリウスのことなんとも思ってないの?」
「……私……」
「あー、だりいー。」

なまえが口を開きかけると突然会話を遮るようにぞろぞろと4人の男が談話室に入ってきたので目を向けると、最初に入ってきたのは話の渦中の人物で、彼はなまえと目があうと、よー、と笑いなまえの隣に腰を下ろした。ジェームズはリリーを見つけるとああリリー僕の麗しの天使、寂しかっただろう僕も同じさ!とリリーを後ろから抱き締めていて肘うちをくらっていた。結構深くヒットしたな、あれは暫く起きないだろうと頭の片隅で考えているとリーマスとピーターもあいている席に座っていつものメンバーが揃う形となりなまえは穏やかに微笑む。

「なまえ、いいもん飲んでんな。」
「え?あ、うん。」
「飲まして。」
「ちょ…」

なまえの返事もきかずに彼女が手に持っていたコーヒーカップを取り上げると、シリウスは一口コーヒーを口にしてさんきゅ、とカップを置いた。先程のリリーとの話でやけにシリウスを意識してしまい、間接キスだわどうしよう、などと動揺する。ちらっとリリーを見ると彼女もこちらを見ていてウインクしていた。どうしろ、というのだろう。だが、シリウスがソファーの背に回している左手にも落ち着かず、なまえはキョロキョロと目を泳がし始めた。

「なまえ、どうしたの?」
「え?いえ、別にな、なんでもないわ。」
「顔赤いよ、なまえ。風邪でもひいた?」
「まじかよ、大丈夫か?」

そわそわするなまえを男性陣は心配しだす様子を、リリーはくすくす笑って見つめている。ああ、我が親友のせいだわ、と唇を噛みしめ俯けばシリウスがなまえの顔を覗きこみ、自分の額となまえの額に手をあてて熱を比べだした。

「んー、ちょっと熱いか?」
「今日は早めに休んだ方がいいよ。」
「大丈夫よっ…」

顔を赤らめて、シリウスの手を無理矢理剥がすと彼を掴んだその手すら熱くなった気がしてなまえはシリウスから顔を背けた。なんだよ、とぶつぶつ文句を言うシリウスを知らんぷりすると、リーマスが持っているチョコレートに目を向けて、それちょうだいと話をそらす。いつも甘いものを食べないなまえがそんなことを言いだしたので、リーマスは目を丸くしたが笑ってチョコレートを一片彼女に差し出した。

「そういえば明日はホグズミードの日よね。」
「リリーはジェームズと行くんでしょ?リーマスはレイブンクローの彼女と行くみたいだし…」
「え?そうなの??今回はみんな別行動?てゆうかリーマスいつの間に…」
「はは、まあ最近、かな。ピーターもいるよ彼女。」
「え?!!!!」

驚いてピーターの方を見れば照れたように笑う彼がいて、なまえの頭に岩が落ちてきたように衝撃が走る。

「もしかして仲間内で恋人いないの私だけ?どうしよう、せっかくの外出なのに、別に一人でも、いいけど…」
「シリウスがいるじゃない。ね、シリウス?あんたも一人もんでしょ?」
「…俺?まあ。」
「ってわけだから。良かったねなまえ、行く相手見つかって。」

シリウスの方をちらりと見てからリーマス達を見ると全員にやにやしている。わかっている、こいつら全員確信犯だな、恨めしげにシリウスを睨み付け、なまえははあ、と溜息をついた。

「シリウスと行くなら一人で行ったほうがましだわ。」
「お、なんだよお前、俺だって別に頼んでねえ。まあ、お前がどうしてもって言うなら付き合ってやるよ。」
「…さいってい。あなたってどうして上からしかモノ言えないわけ?」
「お前こそ、可愛く『一緒に行こう』とかは言えないのかよ。」

口喧嘩が始まりそうになる二人をリーマスとリリーが押さえ込めばなまえはむくれて、もう寝るわ、と席を立つ。おい待てよ、とシリウスは様子のおかしい彼女を追いかけるが足が止まる気配はない。いつもと同じように絡んだだけなのに怒りだしたなまえにシリウスは細い腕を掴んだ。

「なあおい、なまえ!何怒ってんだよ。別にいつものことだろあんなの。」
「…うるさい馬鹿犬。」
「馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだぞ馬鹿。」
「…。」
「おいなまえ!」

こちらを見ようとしないなまえに痺れを切らして、無理矢理彼女を引き寄せ自分の方を向かせたが、真っ赤になっている今まで見たことがないなまえの顔がそこにはあった。シリウスが戸惑い言葉を失っていると顔を背けて目を合わせないままなまえはぼそっと呟く。

「遅刻…」
「?」
「遅刻したら、置いてくからね………。」
「…!!!」
「おやすみ!!」

そのまま耳まで染めたなまえを暫く呆然と見送っていたシリウスは、談話室に戻ってきた時随分とご機嫌だったとか。


侵略する好きの感情
(あなたに逢うまでこんな気持ちは知らなかったのに、あなたに逢うたびに私の心に侵略してくる知らない感情が私の頭を心を支配してゆくのです。)