「なまえ知らねえ?」 「あら、シリウス。珍しいわね一人だなんて。今日は女の子一緒じゃないんだ?」 「あのなあ、人を遊び人みたいに言うのやめろよ。」 「何か間違ってるかしら?」
にやっと笑って教科書から視線を上にあげるリリーにシリウスは気まずそうに目を泳がす。確かに頻繁に女の子を連れて歩いてはいるがどうやらとんだ誤解を受けているらしい、と溜息をついた。
「冗談よ。なまえならいつものとこに行ったわ。」 「あっ、そ。」
悪戯に笑う赤髪の少女は何もかもお見通しのようで、シリウスはぞぞっと背筋に寒気を感じた。ジェームズ、一筋縄じゃいかないぞと、この少女にベタ惚れしている親友に心の中でエールを送っているとリリーはそういえば、とシリウスを呼び止める。
「少し落ち込んでたわ、なまえ。」 「あいつが?」 「色々言われたみたいでね。いつものことだから大丈夫だとは思うけど、なんか今日は引きずってたのよ。何も言わないけど。」 「ふーん。」
シリウスは興味なさげに相槌をうつがすぐに談話室を出て城から抜けた。少し城から歩いたところにある暴れ柳とは別の大きな木の下に、一人で本を読む少女が見える。わずかに吹く風が銀色の髪を不規則に揺らしていて、そのあまりに絵になる光景に声をかけるのをためらったが少女が気配に気が付き顔を上げた。
「シリウス?」 「よ。」
木陰に佇む少女に近づき隣に腰を下ろすシリウスはんん、と咳払いをする。どうしたの?風邪?などとすっとぼけたことを聞いてくる少女にちげーよ、と突っ込みあー、と髪をわしわしかき乱すと銀色の睫毛に縁取られた翡翠の瞳を覗きこんだ。
「大丈夫か?」 「…何が?」 「いや、リリーから聞いたから。なまえがへこんでるって。また何か嫌なこと言われたんだろ?」 「もう、リリーったら。」
言わないでって言ったのに、と困ったように伏せ目がちに笑うなまえはちらりと隣に座る黒髪の少年と目を合わせて、少しね、と呟く。
「気にすんなよ、んなちっちぇー奴らが言う事。」 「……気にするわよ。」
そりゃあいつもなら気にしないけど、今日は腹が立ったの。と外方を向くなまえに、へえ?と意外そうに驚いた。いつもあまり感情を表に出すことのない彼女から『腹が立った』などという言葉が出てくるのは相当頭に来た証拠だからだ。
「なんて言われたんだ?」 「………。」 「おーいなまえさん?」 「…穢れた血って。」 「あー、そりゃひでえ。」 「別に…哀しかったけど。だって私はどんなに頑張っても純血になれないもの。生まれを蔑まされてもどうにもならない。でもそれは別にいいの。」
どうでもいいのかい、とシリウスは目を細める。穢れた血とは、マグルを差別する最低の言葉だ。なまえはマグル生まれのため、純血のスリザリン生から特に悪口をたたかれていた。最も、それだけではなく彼女が学年トップを誇る成績をおさめていることに対するやっかみもあるのだが。
「私のことだけなら別にいいの。なんだって、耐えられる。でも…でもあいつら、リリーやジェームズのことまで悪く言ってきて。」 「なまえ?」 「しまいにはなんて言ったと思う?『純血主義のブラック家の人間がマグルと仲良しだなんて笑えちゃうよな、だからグリフィンドールなんだ、だからシリウスはブラック家のはみ出し者なんだ。』って、そう言ったのよ、あなたのこと、そんなふうに言ったのよ。」
なまえの瞳からポロポロとこぼれ落ちる涙に、シリウスは今この空気に相応しくはないとは思いながらも顔がにやけるのを抑えられなかった。もしかして、もしかすると、これは自惚れてもいいのだろうか。
午後三時の戸惑い
口元を手で押さえながら、俯いて涙を流すなまえにえーと、つまり俺のために怒ってくれてるわけ?と尋ねれば、膨れっ面のなまえが顔を上げる。眉間に皺を寄せた顔がシリウスの黒い瞳に映った。美人は怒った顔すらも綺麗だ、と気付かれぬよう目の保養にしていれば黙っていた彼女があのね、と唇を尖らせて口を開く。
「私、あんまり腹が立ったからそいつら殴ったの。」 「な、殴った?」
そりゃまた顔に似合わない。思わず気の抜けた声がシリウスの口から漏れるがなまえは頷き続けた。
「シリウスに謝ってよ、って。…だって許せなかったの。でも何より自分が嫌になった。私と一緒にいるからリリーやジェームズが……シリウスが、悪く言われるなんて。」 「…もういいって。」 「良くないわ、良くない、やっぱりもう一発殴っておけばよか―」
それは一瞬だ。一瞬重なった唇により、なまえの言葉は途中で途切れる。シリウスは顔を離すと落ち着いたか?と笑って優しく問いかけた。ぽかんと口をあけたまま呆然としていたなまえだったがどうしてと我に返りシリウスを見つめれば、彼はんー、静かに瞬いた。
「好きな女が自分のために怒って泣いてくれてんのがあんまりにも可愛いから我慢できなかった。」 「―!!!」
口角をきゅっとあげて楽しそうに笑うと、シリウスはなまえの柔らかい髪を撫でてから頭をぽんぽん、とたたく。今度そいつらに何か言われたらすぐ俺を呼べよ、と抱き締められればシリウスの香りが鼻腔に届きなまえの心からは不思議と先程までの怒りや哀しさなど消え代わりに甘くてとろけそうな程の幸せが舞い込んできたのだった。
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