黒い瞳が大きく見開かれる。左腕をじっと見つめれば、そこには私がもう引き返せないことを主張している印が浮かんでいた。ブラック家の広い室内、シリウスの部屋には主の震える声がこだまする。

「なまえっ…」
「…これが答えよ。貴方の欲しがっていた―」
「どうして…!!!!」

悲痛な声が彼から漏れる。どうして、なんて聞かないでよ。そんなの貴方を愛してるからに、決まっているじゃない。救いたいと願うだけ、ねえシリウス、そんな顔しないで、お願い。彼から視線を反らさず、私は無表情でその瞳を見つめた。

「私は…貴方に愛される資格はないわ…今日で最後、これきり。」
「違う、なまえ、俺は!」
「私は人殺しよ。」
「お前は殺してない!お前のせいじゃない!」
「間接的にでも…殺したわ。」

あの日、選ばれたのが私じゃなかったら。私が人より魔力が強くなくて普通の魔女だったら。そうしたら貴方との未来を描けたのだろうか。貴方との幸せな未来を、夢見ることができたのだろうか。

シリウスは今にも泣きだしそうな顔をしていた。そんな顔をさせているのは他の誰でもない私。私の左腕を掴む彼の手が震えている。ああ、シリウスごめんね、だけど私に残された選択肢はこれしかなかった。貴方を、彼等を、守る為に。

「なまえ、まだ間に合う。まだ間に合うんだ。」
「…シリウス…」
「リリーも心配してる、ジェームズも、リーマスも、ピーターだって!」
「そうね。知ってるわ。」

リリーはいつも心配してた、優しいもの、私なんかのために。抑揚のない声で自嘲気味に呟けば、シリウスにそのまま腕をひかれ彼の香りに抱き締められた。私の大好きな香り。なんて落ち着くんだろう。これから起こる悲劇を知る私はますます彼を、皆を死なせたくないと思った。泣いているシリウスに抱き締められたまま瞳を瞑り、コートに隠していた杖に手をかける。

「なまえ、俺はお前を愛してる…」
「…私も、貴方を愛してるわ。」
「なら―もうやめろ、こんなことは!」

貴方は愚かではないから私が何を思って死喰い人になったかきっと気が付いている。皆を助けたいこともあるけれど本当に果たしたいのはそんなことじゃない。私の目的を、彼は気が付いている。本当に果たしたいことは―

「オブリビエイト。」

杖先を彼の頭に向けて忘却呪文を唱えると、シリウスの瞳が閉じていく。愛しい彼がゆったりと、床に倒れた。スローモーションのような様に、私は彼との最初の出逢いを思い出していた。最初の印象は最悪だったっけ。これでいい、これで良かった。それなのに、私の瞳からは涙が伝う。


わたしはあなたを救える、ちがう、救われたいだけ

横たわるシリウスに背をむけて部屋を出ると、彼にそっくりだけれど彼より少し背が低い青年が壁に寄りかかっていた。彼と目を合わせずに目の前を横切ると、男の子にしては少し高い、澄んだような声が耳に響いたので立ち止まった。

「―本当にこれで、良かったんですか?」

黒髪の青年の問いかけに応えることも彼を見つめることもなく、私は歩きだす。後に続くように、彼も後ろについてきたので再び足を止めて前を向いたまま私は彼に呟いた。

「ありがとうレギュラス。ついてきてくれて。」

そう言って黙りこんでいれば、溜息が聞こえ、震える私を後ろからあたたかい温もりが包み込む。

「―僕が覚えています。兄さんの分も。」

ああ、レギュラス、貴方には守られてばかりね。

私はそのまま、レギュラスの腕の中で静かに泣いた。






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