きゅう、と、いつもとは違う風に胸が締め付けられる感覚。

「―シリウス?」

ウェーブがかった髪の毛をしたどちらかと言えば小柄な少女なまえは、隣にいる青年を呼んだ透き通るような綺麗な声に反応して振り返る。新学期前に友人達と買い物をしていたのだがジェームズとリリーはまだ見るものがあると言うし、リーマスはハニーデュークスに用があるというので、これからカフェに入ろうかと話をしていたところだ。なまえと一緒にいた黒髪の端正な顔立ちのブラック家の長男は目を丸くして女性の方を見て喜びに彩られた声をあげる。

「―セシル!!」
「まぁ!覚えていて下さったのですね!」
「あったり前だろ!忘れるわけねーじゃん!」
「ふふ…お久し振りですわね。」
金色の長い髪を揺らしてくすくす笑うその少女は、程よく化粧がのせられた薄いピンク色の瞼をゆっくりと瞬かせた。大きな紫色の瞳が懐かしそうに揺れ、白いワンピースから覗くすらりとした手足は細く長く、なまえから見ても魅力的だ。この女性にシリウスが手を出さないわけがないのではないだろうか。誰が見ても見惚れてしまう程綺麗な少女に、なまえは知り合い?と言いたげな顔でシリウスを見上げた。

「なまえ、こいつはセシル。3年生の夏休みのときにパーティーで知り合ったんだ。」
「こんにちは。」
「…こんにちは。」

柔らかく微笑むセシルになまえはぎこちなく返す。普段、ジェームズ達と一緒になってばか騒ぎしているシリウスとも違う、今まで見たことのない彼になまえはなんだか落ち着かなかった。何より二人の間には〔ただの友人〕という雰囲気が漂っているわけではなく、女の勘的におそらく彼がちゃらちゃらしていた時期に一時関係のあった間柄なのだろうと一瞬ちくりと胸が痛む。なんとなく面白くはなかったがここで不機嫌そうな表情を出したらせっかく再会したのに台無しになってしまうと思い、なまえは黙ってにこやかに話を聞いていた。

「ユエは元気なのか?」
「ええ、相変わらずですわ。」
「懐かしいなー…ユエにも会いたかったぜ。」
「ユエったら、貴方のことばかり話しますのよ。あの時はシリウスのせいで酷い目にあった、とか昔話を。」
「そうか…二年も前なんだもんな。」

懐かしそうに目を細めて笑うシリウスに、なまえはまた、ちくりと胸に痛みを覚える。知らない顔、初めて見た顔。なんとなく引け目を感じ、なまえは俯いた。

「今日はこのままお帰りですか?」
「いや、明日から新学期が始まるから今日は漏れ鍋に一泊するんだ。明日の朝にはホグワーツ行きの列車に乗る。」

シリウスがそう、困ったようにいうと残念そうにセシルは笑みを浮かべた。

「まあ…そうですか。私達は明後日からですの。もし同じ日でしたら、宜しければ私の家に一泊なさらないかと思ったのですが。」
「あー、わりぃ。」

セシルの申し出に、シリウスは至極残念そうに眉を下げ、困ったように笑った。二人を見ているのがいよいよ辛くなり、なまえは「私リーマスのところに行ってくるね。」とシリウスににこっと微笑むと、セシルに頭をぺこりと下げて行ってしまった。おいなまえ、と小さな背中に声をかけるが振り返ってはもらえずやべー怒ってるかなありゃ、と頭をかく。そんなシリウスを見てクスクス笑いだすセシルに、なんだよと頬を染めてぶっきらぼうに返した。

「変わりましたわね、シリウス。」
「………。」
「二年前にお会いした時は今みたいなことがあったら面倒くさそうにしてましたのに、ふふ。」
「…からかうなよ///」
「印象があがりましたわ、今の貴方の方がずっと素敵です。」

ユエ一筋のくせによく言うぜ、とシリウスは苦笑いをする。それでも、二年前と変わらずに自分を受け入れてくれる目の前の少女にホッとしたのも事実で、こりゃあなまえに誤解を受けても仕方ないかなと溜息をついた。きっと、セシルと自分が男女の関係だったと勘違いをしているのだろう。

「誤解を与えて申し訳ないですわ。」
「いや、後で説明しておくから大丈夫だろ。」
「今度はゆっくりお会いしたいですわ、ユエもきっと同じ気持ちです。」
「ああ、そうだな。」

夏休みにはぜひなまえさんもご一緒にいらしてくださいな、と穏やかに笑うセシルに手をふり、シリウスはリーマスがいるハニーデュークスへと足を向けた。

「よ、何してんだ。」

ハニーデュークス店内で、リーマスが会計を済ませているのを待っていたあまり穏やかとは言えない顔をしている、遠くからでもすぐに見つけられる桜銀色の髪をした少女の頭にぽんと手をのせ顔を覗きこむ。眉間に寄せた皺を必死で伸ばそうと引きつっているなまえがおかしくて、シリウスはぷはっとふきだした。

「な、なによぉ。」
「いや、わり。だってそんなあからさまに膨れてるから。」

可愛いな、と笑っているとシリウスなんて嫌いと外方を向かれたので悪かったよ、と素直に謝れば、あの人…と控え目に声が漏れてきたのでシリウスは近付いて耳を傾ける。

「あの人のこと、別に怒ってないよ。」
「お、そりゃあまた寛大でいらっしゃる。」
「…だってお友達でしょう?それを怒るのは、ダメだと想うから、だから怒って、ないよ。」
「怒ってないけど面白くはないと。」

シリウスがからかうようにそう言うと慌てて、違うよ、と否定してきたのであー、いいよ無理すんな、とシリウスはなまえの頬に触れた。

「……あの人のこと、好きだった?」
「いや、あいつはユエ一筋だから。」

ユエ?と首をかしげるなまえに、パーティーで知り合いになったときは男もいるんだよと説明すると、少しホッとしたようで、表情を和らげた彼女にシリウスも安堵する。そこに丁度、リーマスが戻ってきて仲直りは終わった?と爽やかに聞いてきたので、別に喧嘩してねえよと笑って応えればリーマスはくすくす笑っていた。

「そうだ、なまえ、レギュラスには逢ったかい?」
「え?レギュ来てるの?」
「ああ、さっき…あ、ほら。」

リーマスが指差す方向には、チョコレートを見ている黒髪の青年。なまえはパアッと顔を輝かせると「レギュー!!!」とレギュラスに抱きついて、お昼一緒に食べようよだのなんだの話をし始めた。おいおい彼氏は俺だぞ畜生、あははははと無心状態で乾き笑いをするシリウスはリーマスを腕でこずいてわざとだろ、と小さくこぼす。

「まさか。さっきレギュラスと話した時に、シリウスもなまえも一緒だって言ったら、兄さんはどうでもいいけどなまえとは話したいですねって言ってたから。」
「………。」
「君は大変だね、嫉妬の機会が多くて。」

特にレギュラスは弟だしね、あ、チョコレートの試食食べさせてるよなまえってば。とリーマスは苦笑いするがシリウスは不機嫌オーラ全開で、ああくそ、と舌打ちをして溜息をついた。


君に溺れる


「あれを見て平気でいるのは難しい。」
「うん、まあ同感だね。」

当人達にしてみれば姉と弟のような感覚なのかもしれないが、シリウス目線では実の弟だからこそ悔しくてたまらなかったりするのであって。おいレギュラス!とどすどす二人の間に割り込むシリウスはもう引き返せないくらいになまえに溺れているのかもしれないとリーマスは穏やかに、レギュラスとなまえの取り合いをするシリウスを見つめた。