はるをめでる


 多彩な緑が地面に透けるような影を落とし、木漏れ日の下をアスターはご機嫌な様子で歩いていた。
 陽射しさえ降れば少々空気が冷たかろうと寒がることもなく、もう外出も億劫がらない。冬枯れの風情も嫌いではないようだが、やはり巡る季節には気分が弾むものらしい。百花の、とまでは言えなくとも、そこここに鮮やかな色が添えられればなおのこと。
「はなみずき、だね。きれい」
 穏やかな風に乗るようにふわふわと歩いていたアスターが頭を巡らせた。辺りの風景はわずかに霞み、目にも暖かだった。
「……三月」
「ん?」
 連れの小さなつぶやきに、アスターは足を止める。ヴィンセントは風に乱れた彼女の髪に指を絡ませ梳きながら言う。
「はなみづきは、三月だ」
「咲いてるよ?」
 首を傾げるアスターの指差した先、丈はあるが華奢な立ち姿の木が幾本か花の盛りを迎えていた。少し考え、ようやく音が正しく結びついた。
「花水木か」
 桃の花のような優しげな色の花樹と、同じ輪郭で真白の花と。
「ねぇ、三月って?」
「花見、月。三月のことだ」
 どこかで聞いた、優美な呼び名だ。
「えっと、別名?」
「ああ」
 感嘆したように目を丸くし、そして笑うアスター。
「きれいだね」
 ヴィンセントは少女を見下ろし、ただ瞬くだけで同意した。




 *short long Home

「#オメガバース」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -