最上の秋の日


 遠く開けた、まだ緑の残る草原を歩いているのは二人だけだった。
「いい天気。涼しくて気持ちいいね」
 空気は少し冷たかったが、淡い日差しは真っすぐに降り注いでいる。野歩きにはもってこいの日和り。
 夏の、その暑さを詰め込んだような濃い空気から一転、高く遠ざかる青天井。雲の少ない空は、頂の瑠璃から裾の白藍まで鮮やかなグラデーションで、彼方に望める連山もくっきりとした稜線で空を切り分けていた。
 もう一月もすればうらさびしいばかりの景色になろうが、今は山々も紅葉の盛りで、足元には朝露を残した秋草の花も見受けられる。
「ヴィンセントは、とってもいい季節に生まれたんだね」
 それは当人の人格となんら関係ないと分かっているが──それでもきっと、ヴィンセントは一年で一番いい日に生まれたのだと思う。
 手にした数本の薄をひらひら揺らすアスターが同意を求め振り向いたのを、ヴィンセントはちらと見返した。
 年によっては長雨や嵐のこともあるが……確かに過ごしやすくいい季節だと思う。肯定するように彼は周囲に視線を流した。
「ヴィンセント、冬っぽい感じもするけど……でも、やっぱり、本当は秋だと思う」
 季節に当てはめること自体よく解らずヴィンセントは首を傾げるに留めた。冬というのは、何となく理解できるが。
「透明なとこがね。ひんやりしてても優しいし」
 曖昧に沈黙するヴィンセント。彼女には甘いという話ではなく、他愛ないものを存外大切に思っていることを言っているのだと解った。裏社会でだいぶすれてしまったが、アスターと過ごしているとあっさり思い出しもする。緩やかな風が好きだったり、季節の移ろいや、穏やかに過ごすときが好きなことを、言わずともこの子は読み取っているのだろう。
 アスターはそんな彼に笑いながら再び晴天を仰ぐ。瞳を蒼穹に染めながら、零れる吐息は何に対する賛辞だろうか。
「ほんとに、今日はきれいな日だね」
 当然だ。今日は特別で大切な日。空気から何から何まで美しくて当然なのだ。それらは全てヴィンセントのためにあるとアスターは疑わない。
「アスター」
「ん?」
 前を歩く彼女の腕を引く。あまりないことに驚いたのかアスターはちょっと目を瞬かせたが、すぐに表情を和らげた。
 ヴィンセントは僅かな面映ゆさを隠し言う。
「ありがとう」
 心底感謝している。生まれてきたこと、歩いてきた道、幸せも苦難も何もかも。
 彼女が、おめでとうと、その一言を贈ってくれるが故に。
「どういたしまして」
 どこまでも澄む秋空にも負けない透き通った笑顔でアスターは答えた。


2011,10,13
Happy Birthday!!




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