雨宿り


「やまないねぇ」
 身を寄せた軒先から絶え間なく落ちる雨粒を眺めながらアスターがつぶやく。隣に立つヴィンセントは何の反応も見せなかった。
 立ち寄った街で、弾薬を補充に出た先で雨に降られた。宿まではあと少しの距離で、ヴィンセント一人なら気にせず濡れて帰るのだが、アスターを連れているので無理もできない。あとで娘どもに小言を言われたくはない。結果、商店の立ち並ぶ界隈で雨宿りとなったのだ。
 ヴィンセントは僅かに雲の薄い彼方の空に目を遣っていた。通り雨かと思ったが、雨足はなかなか弱まらない。
 変わらぬ空模様は退屈で、アスターは連れの端正な横顔を見上げる。真っすぐに瞳を上げている姿はちょっと珍しく、熱心に眺めていた。彼が気付いて視線を向けてきたので、慌てて逸らす。
「──嫌いか?」
「え?」
「雨は嫌いか?」
 嫌いというより面倒くさい。濡れるし、道は荒れるし、季節によっては寒い。
「えぇと……」
 返事を待っているのかヴィンセントはじっと彼女を見ている。これは……肯定的な回答を期待しているのだろうか。
 好きとも嫌いとも、さりとてどっちでもないとつまらない答を返すこともできずアスターは口ごもる。落ちかけた沈黙が不自然に延びるより先に、騒がしい声が駆けてきた。
「やーっぱりアスター! ついでにヴィンセントも」
「ユフィ」
 アスターに飛び付きかけ、少々濡れているせいか寸前で思い止まるユフィ。ティファとエアリスも続いて軒下に駆け込んできた。
「もう、災難ね」
「ね。雨、やまなかったら、どうしようか」
 ティファが、軽い溜め息を吐きながら、買い物をした荷物を抱え直した。エアリスも、濡れたリボンをハンカチで拭いながら空を見上げる。
 かすむ景色を眺めながら雨上がりを待つ。三人分のおしゃべりのせいで隣に立つ気配はますます薄く、騒がしさに辟易していなくなってはしないかと、アスターはちらちらとヴィンセントを窺っていた。
 ひんやりした空気。吐く息は白くはなかったが、アスターは冷えた手を何となく頬に当てる。見とがめたエアリスが首を傾げた。
「寒い?」
「ちょっと」
 控えめに言ったアスターに、彼女は笑顔を向ける。小突くように肩でアスターを押し遣った。反対隣のヴィンセントはギリギリ雨の当たらない位置で、それ以上詰めるわけにもいかず、僅かな距離が消える。
 ヴィンセントがわずかに身体をずらす。金属の左腕が当たらないようにしてくれたのか、その手が軽く背中に触れていて少し緊張してしまう。
「ちょっと、なら、足りるかな?」
 けれどエアリスとヴィンセントにくっついて、確かにちょっとだけ温かい。
「……ヴィン」
 アスターの視線は雨のカーテンへ向けられていたが、彼がわずかに首を傾げたのが伝わる。
「雨も、好き」
 答えは沈黙だった。寄せあう肩にアスターは頬を緩める。
 横目で眺めていたエアリスは、ヴィンセントの表情に気付く。微かな笑みはすぐに流れ落ちた黒髪の向こうに隠れた。




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