ship


 コスタ・デル・ソルからジュノンに向けての船旅だった。
 以前、逆のルートを来た時は神羅の運搬船での密航だった。今回は旅客船で、狭くともベッドもシャワーもある個室はそれなりに快適だが──ぎしぎしと船の軋む音は途切れない。
 人の集まるラウンジに長居する気がないらしいヴィンセントはずっと個室にいる。はじめこそ船内を散歩したり、デッキで海を眺めたりしていたアスターだが、じきにそれにも飽きたらしい。部屋でごろごろしている時間が大半だった。
 一夜を揺れる船室で過ごし、朝からやけにそわそわとしていたアスターがヴィンセントに声をかけた。
「ヴィン……だいじな、話が」
「何だ」
 読んでいた雑誌から視線を上げもせずにヴィンセントは返す。
 別に記事に夢中だったわけではない。アスターがかしこまった態度を取るときは、大概どうでもいい話が出てくるのだ。この子は大事なことほどさらりと言う。
「っ……ちゃんと、聞いて!」
 瞳を潤ませ訴える。仕方ないので雑誌を膝に伏せてアスターと向き合った。
「気付いたん、だけど……わたし……泳げない」
 ヴィンセントは再び雑誌を広げた。そんな事はだいぶ前から分かっていた。
「〜〜〜〜っ!」
 耳障りに呻くアスターにうんざりしながら見返した。
 疑問なのは、何故そこまで船が沈む心配をしているのかということだった。ヴィンセントひとりならさておき、アスターを連れているときに、そんな事故率の高い移動手段を選ぶと思っているのか。
「心配ない」
「え?」
「私もだ」
 おそらく身内に飼う魔獣のせいで、ヴィンセントは見た目より重い。数字的には犬一匹ほどだが、もとから細身の彼が、海水であっても沈むには十分だった。さらにこの靴やれ銃やれガントレットやれ、やたら重いものを身に付けているので、海に投げ出されたら何か対処するより早く沈む。確実に。
 全く説得になっていない、どころか会話が繋がってさえいなかったが、アスターは戸惑ったように視線を揺らす。
「……一緒だね」
 ちょっと気の抜けたような笑顔を浮かべるアスター。
 それはカナヅチが、という意味なのか、運悪く水難に遭ったら、という意味か。一緒だろうと溺れるつもりはない。
 ヴィンセントは返事の代わりに、アスターの頭に手を伸ばす。くしゃくしゃと髪を乱した。
 ぞんざいな仕草でも嬉しかったのか、アスターは声をたてて笑った。もしかしたら構ってほしかっただけなのかもしれない。
「……今日、一緒寝る」
「狭いぞ。いいのか?」
「がまんする」




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