threefold


「え?」
 差し出された非常にかわいらしい箱にアスターは目を瞬かせる。今日の空のような薄青いリボンがかかった白い箱。はっきりいって、ヴィンセントが持っていると似合わないこと甚だしい。
「先月の」
 あまりにも驚いた様子のアスターに、笑い含みでヴィンセントは言う。彼女の手を取りぽんと乗せた。
 アスターの片手のひらにちょうど収まるほど。小さなものがたくさん入っているらしく、からからと音がする。
「だって、わたし、何も……」
 盛大にしくじってしまった一月前。結局アスターは何も差し出すことができなかったのだ。だから今日の日付もお返しも、全く意識になかった。
「見えないものは“無い”か?」
 困ったように俯くアスターの手を、両手で包みながらヴィンセントは訊く。
 確かに在って、受け取って、どれだけ増やしてもきっと返し足りない。三倍などと無欲なことを言わず、もっと望んでもかまわないのだ。
 アスターはちょっと首を傾げて、そして振った。
「うん、そうだね。──開けていい?」
「ああ」
 ヴィンセントが持ってくれている箱のリボンを、そっと引っ張った。
「わ。かわい−。これ、何?」
 箱いっぱいに虹色よりも多彩な、小さな星のようだった。
 その星の一つをヴィンセントがつまみ、アスターの口に放り込む。
「んむ、甘。アメ?」
「金平糖」
「こんぺ−と−?」
 くすくすとアスターは繰り返す。予想どおりの反応でも、見慣れた笑顔でも、喜ぶアスターを見るのは嬉しくヴィンセントも笑みを浮かべていた。
「ありがと」
「大した物ではない」
「そんなことないよ。嬉しいよ」
 だいじに食べるね、とアスターが言うと、ヴィンセントは何ともいえない表情を浮かべる。何故か抑え込まれた笑み。
 訝しげに見返してきたアスターの唇を、ヴィンセントは軽く塞いではぐらかした。
「……ん」
 間近で見つめ合って、柔らかく笑う。けれど返答はそれだけで、アスターはほんの僅かに瞳を揺らがせた。
「ありがとう」
 それでもアスターは笑顔で繰り返した。蓋を閉め、丁寧にリボンを結び直す。
 箱を大事そうにてのひらで包むアスターの肩を、ヴィンセントは抱き寄せる。甘えてすり寄ってくるアスターは、落胆などもう微塵も抱いてないようだった。強い子だな、と思う。


 アスターが欲しがっていたものも解っている。けれど楽しみはもう少しだけ先延ばしに。
 いつだって、アスターは己を費やしてヴィンセントを護ってくれる。報いる手段は一つしかないと思った。それを実行してもいいと、今は思う。


 アスターはいつ気付くだろうか。
 箱の底に隠したのは...




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