Good night


 アスターは夜の風の音が苦手なのだとが気付いたのはいつだったか。
 夜中に目を覚まし、寝付かれず、迂闊な身じろぎでヴィンセントを起こしてしまわぬようにじっとしていることも知っていた。幾度目かに、風音なのだと気付いた。
 神羅屋敷の周囲は木が多い。ニブル山も村に近い辺りは針葉樹が鋭く影を連ねていて、風の日にはどうどうと重たげな音が絶えない。
 その晩も、彼の浅い眠りをさらに風音が乱す。アスターが気に掛かり覚醒してしまった意識が、傍らの気配を探る。
 やはり呼吸のリズムが少し違う。見遣れば、彼女の瞳は天井の一点を見つめていた。
「……眠れないか?」
「あ……目、覚めちゃって」
 確かに風音そのものが不穏な気配に似て、気が張り詰めもするが──眠れないほどのものだろうか。
「なんか……」
 アスターは躊躇い、静かに見下ろすヴィンセントの瞳に言葉を続ける。
「魔晄の……水槽? あれに入ってるとき、こういう音する。耳元で、ごーって」
 血流か、魔晄が循環する音、機械の低音が濁ってそう聞こえるのか。サンプル時代のことを思い出す。
「そんなに怖いんじゃないよ。あんまり覚えてないし、変な夢見たらやだな、ぐらいだから……」
 小さな恐怖感は、トラウマというほど酷くはない。だからこそ、稀に見る悪夢のように対処のしようがない。
 ヴィンセントは、布団に潜り込んでなんとか寝ようとしているアスターを引き寄せる。眠るときに抱き締めるのは嫌がるアスターだが、今夜はおとなしかった。
 細い背をそっとたたく。心音より少しゆっくりとしたリズム。それよりもさらにゆったりと延びゆく呼吸。
 ぴったりとくっつけた身体が、ヴィンセントに合わせるように緊張を緩め、忍び寄ってきた睡魔にアスターは目蓋を閉じた。
「わたし、甘えん坊だね……」
 苦笑しながらつぶやくと、背中を叩いていた手に少し力がこもり、きゅっと抱き締められる。あわせて微かに笑う気配。
「甘えてくれ。立つ瀬がないだろう」
 アスターが甘えないことで、ヴィンセントがどう面目を失うのか解らなかったが、そう言ってもらえるのは嬉しい。
「……うん……ね、ヴィン、」
 微かな声に応え、ヴィンセントの手が優しく髪を梳く。大きい手だな、と思ううちに眠りに落ちていた。




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