colors
帰りついた神羅屋敷の玄関をくぐると、ちょうどアスターが奥から顔を出したところだった。物音なのか勘なのか、彼が扉を開けるときには帰宅に気付いていて、ホールで待ち構えていることも多い。 「おかえり」 明るい声で出迎えた少女に、ほんの僅かに頷く。留守中何かなかったかと辺りに視線を走らせ、気付いたアスターがまたにっこり笑った。変わりなかったらしい。 駆け寄ってきたアスターを抱きとめ、猫のように甘えるのをひとしきり構い、ふとヴィンセントはその瞳を覗き込んだ。 「ん?」 何か言いたげなヴィンセントを、しがみついたままそっくり返るように見上げるアスター。しばし沈黙していた彼は、いつもの低い声でつぶやくように問うた。 「……好きな色は?」 「うん?」 唐突な言葉にアスターは首を傾げた。以前にそんな会話を中途半端に終わらせたことがあったろうかと思い返してみたが、心当たりはない。 ヴィンセントは彼女を見下ろしたまま答えを待っている。少し考えたアスターは、両手を伸ばした。頬に触れ、そのまま首の後ろへ回った手に引かれヴィンセントは身を屈めてくれる。 「これが好き」 額をくっつけそう言ったアスターの視線は、まっすぐ彼へ向けられている。しょっちゅう言われるものだからヴィンセントもすぐに理解した。この瞳の色だ。 しかしこの緋色は、アスターには強すぎる気がする。首に下げた召喚のマテリアを見れば似合わないということはないだろうが、やはり優しい色合いの方がこの子らしいと思った。 「わたしは好きだよ、ヴィン」 彼が考え込んだ刹那の沈黙をどう捉えたか、アスターは笑みを深めささやいた。 「……そうか」 「ん」 「どれくらい?」 あえて尋ねてみればアスターはくすぐったそうに笑う。迷うように視線をさまよわせ、そしてまた焦点を結ぶ。 「んー……難しいね。解るでしょ?」 解るが、彼女の口から聞きたかった。なかなか適当な言葉が見つからないらしく、考えながらもじっと見つめてくるアスターの頬が紅潮してゆくのに気付き、ヴィンセントはすっと背を伸ばし距離を取った。これ以上はまずい。潤んだ瞳で見つめられると箍が緩む。 ほやっとしているアスターの手を取る。渡されたのは手のひらに納まるほどの小さな紙袋。無言で促すヴィンセントに従い中身を取り出せば、細いチェーンに色石が下がったペンダントだった。ちょっとした土産物なのだろうが、装飾品を貰うのは珍しいことだった。 「わぁ……すごい、きれい」 「たいした物ではないが」 値が張るわけでもないと言うヴィンセントに、アスターは小さく首を振る。 「きれいって思ったから、買ってくれたんでしょ?」 無邪気に言う少女に、彼は小さく溜め息を吐いた。彼女は今日の──正確には明日の日付の意味をすっかり忘れているらしい。 「一日早いが……」 「ん?」 「誕生日おめでとう」 「……ん?」 アスターは幾度か瞬きし、指先に掲げたそれをまじまじ見つめて、そしてまた彼へと視線を戻す。 「そうだった……えっと、ありがとう……」 ちょっと頬を染め俯くアスターの様子からして、遠くの娘たちには先を越されなかったらしい、急いで帰ってきた甲斐があったと考え、そのような事にこだわっている自分に気付き苦笑する。 「迷ったのだが……」 ヴィンセントは話を戻す。同じデザインで、色数はたくさんあった。どれでも似合うと思ったが、アスターの好みや、服やら何やらとの組み合わせも疎い彼はよく分からない。 「ああ、そういう」 指先ほどの小さなガラスをアスターはしげしげと見つめる。 「んー、でも、こういうのは、この色が好きかな」 彼女の瞳と同じ魔晄の色。それなりにきれいな色で、まとまりがあるので無難に似合うということは理解している。 「ヴィンは……これ、好き?」 碧く輝く瞳を上げアスターは尋ねたが、珍しく躊躇うような声だった。 「……色々、思い出しちゃうかなって」 ソルジャーや魔晄や実験施設や──彼の嫌悪する神羅の象徴のようだと言えなくもない。あまりいい思いなどないだろう。 「私は、好きだ」 彼女の言葉そのままに言う。 言われてみれば、確かに忌まわしい記憶に多い色ではあるが、アスターの瞳を見てそれらを思い出すようなことはなかった。いつも彼を見て優しく笑む眼差しだ。 「そっか」 安心したか、うれしそうに頬を緩める 「どれくらい?」 いたずらっぽく瞳をきらめかせながらアスターが問う。 彼も言葉が見つからなかった。深さも大きさも、見当がつかない。 |