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「ヴィンー。ね、訊いていい?」
 テーブルの食器を片付けていると、アスターがそう言ってきた。彼女にしては回りくどい物言いにヴィンセントはわずかに首を傾げる。
「ヴィン、いくつ?」
 ……それはどういう意味だろうか。わりと端的な言葉でも通じる仲ではあるが、さすがに曖昧すぎる。
「えっと、何才?」
 彼の沈黙にアスターは言い直す。
 数えれば判るのだが咄嗟に出てこなかった。彼が寝ている間に年号が変わったこともあり、思い出そうとしているうちにアスターはほんの少しだけ慌てた様子で口を開く。
「あ、いいの、たいしたアレじゃないから。適当でもいいし」
 適当ということは、ただ知りたいだけではないらしい。今日の日付から何となく予測できるのだが、具体的に何がしたいのか。
「27で、いいかなぁ」
 アスターは小首を傾げてつぶやいている。
「あ、でもそうすると、毎年27になっちゃう?」
 今年27歳ということにすると、来年から一つずつ増やさなければいけない気がするが、それもまた不自然というか、どこかおかしい気がする。
 まだひとりで考え込んでいるアスターを見つめていると、彼の疑問を汲んで答えてくれる。
「ろうそく」
 それはケーキに立てるヤツのことか。
「買ってきたの。だから、いくつかなぁって」
「…………」
 一つか二つか、ともかく二人分のケーキに、彼の歳の数だけろうそくを立てるのだろうか。実年齢はいわずもがな、27本でも無謀だが、アスターは悩みながらもとても楽しそうで水を差すこともできない。
「どうでもいいが……」
「じゃ、にーななにする」
 まぁケーキが穴だらけになるだろうが、彼もアスターも食べ物の見てくれにこだわる方ではないし、別にいいだろう。 
 などと考えていたのだが、アスターが持ってきた小さなホールケーキには、数字の“2”と“7”の形をしたパステルカラーのろうそくが刺さっていた。
「かわいいでしょ」
 自慢げに言いながら、少々危なっかしく火を灯すアスター。微かに苦笑めいた表情を浮かべているヴィンセントに首を傾げた。
「どこでも売ってるよ。ケーキ屋さんだったら」
 とは言え……ふとヴィンセントは気付く。
 彼らが住んでいるニブルヘイムにケーキ屋さんなどあるはずがなく(コンビニすらないのだ)、ふだん使っているしなびた雑貨店にこんな洒落たものが売っていたとも思えない。
「いつ……?」
「んー、買ったのは今年、の……春くらい? 去年のクリスマスの時、ケーキのパンフレットに載ってて、いいなぁって」
 旅先で見つけたときに買っておいたと、あっさり言ってのける。
 クリスマスといえば前回の誕生日の二ヶ月後だ。アスター自身の誕生日さえすっ飛ばし、何故そんな前から準備をしているのか。ニブルヘイムで手に入らない物はたまに出かけた時に買わなければならないが、いくら何でも早いと思う。
「……気が早い」
 低い声でこぼされた言葉も眼差しも、一見するとひどく鬱々としていたが、アスターは小さく笑った。ヴィンセントのこういう仕草は照れ隠しなのだと知っている。
「だいじなことだもん」
 彼にとっては理解の範疇を超えているのかもしれないが、アスターとしては普通というか、ごく当然のことだった。もちろん明日になったら次の誕生日のことを考えるのだ。
 居住まいを正し、ヴィンセントを見上げ言った。
「誕生日おめでとう」
 ヴィンセントは一瞬だけアスターの瞳を見つめ返し──ろうそくを吹き消した。唐突に落ちた闇に彼女は少し戸惑ったようだが、ヴィンセントが溜め息を吐いたのを聞き取ったか、満足そうな微笑を浮かべる。
 闇中ならどんな表情をしていようと気付かれまいと思ったが、そうでもなかったらしい。




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