-The Gift of the Magi-


 星降る峡谷はその名のとおり星がよく見える。
 村の広場には篝火が焚かれているものの、街灯と違い夜空を薄める光ではない。夜半には早いが細い月もとうに沈んだ時分、きらめく闇は深い。
 けれど彼は美しい星空ではなく、地上に目を落としていた。
 村を見下ろす崖で身をひそめるように蹲っていたヴィンセントは、広場の縁をふらふら歩いている姿に気付く。小柄な人影が誰かはすぐに判った。夜歩きの好きな子だなと思いながら、遠巻きに眺めていたのだが──
 不意に彼女はこちらを向き立ち止まる。
 この距離で、岩壁の闇に埋もれた彼を視認できているとは思えないのだが、また歩き出す様子もない。ヴィンセントはあまり迷うこともなくマントをなびかせ地面に降りた。悠々とした足取りで歩み寄り、数歩の距離まで来てもアスターに驚いた様子はない。やはり判っていたのか。
 傍へ来たものの特に用があったわけでもないと察したアスターは、黙って空へ視線を向けた。
 しばらくして、ようやくアスターが口を開く。
「……星、たくさん落ちるなぁって」
 流星雨というほど多くはないが、数えられるほどには降ってくる。
 空を眺めるアスターはいつも彼を見上げてくるのに近い角度で、ちらと盗み見た表情がいささか暗い気がして戸惑う。
「……何か……」
「うん?」
 言い淀んだヴィンセントをアスターは見返した。そのまま口を噤んでしまった彼をしばらく見つめていたが、特に気にした様子もなく空に視線を戻した。
 押すでも引くでもないアスターの態度に、彼はうっそりと言葉を継ぐ。
「……何か、願ったのか?」
「わたしが?」
 いっそ不思議そうに聞き返され、胸が痛むような気がした。いつも惑って、思い悩んでばかりで、望みすらも無いというのか。
「流れ星には、願うものだろう」
「……そうだね」
 興味の薄そうな、どこか空虚な声でアスターは言う。
 彼とて無意味と思う。祈れば叶うわけでもない。けれど、ひたすらに現実を見続けることの方が正しいのかと言われれば、否と言いたい。少なくともアスターには、無邪気に信じていてほしい。
 ふと思い付いて、ヴィンセントは視線を落としながら言った。
「……そうだな。所詮、戯れ言だ」
 自嘲の声音で言えば、アスターははっと顔を上げた。あえて目を合わせないままヴィンセントは沈黙を守る。
「……エアリスが、飛空艇、乗ってみたいって、言っててね」
 アスターは彼が目論んだとおり話を引っ張り出してきた。縋るような、少し狼狽えたような瞳だが、先ほどまでより余程ましだ。
「そういうの、とかでも?」
 静かに頷くと、アスターは考え込む。ときどき反対に首を傾け、そのたびふわふわと揺れる髪をヴィンセントは目で追っていた。
「うん」
 悩んでいた時間が長いのか短かったか判らないが、地面をさまよっていた視線が翻る。
 びっくりするほど表情を変え、空を見上げた。微かに浮かんだ笑みに目を奪われていると、アスターはぱちんと両手を鳴らした。まっすぐな眼差しでしばらく待っていたが、流れ落ちた星をとらえて瞼を落とす。
 合わせていた手のひらが、そっと指を組むのを見る。きっと、真摯な願いなのだろう。他愛ないことでもいい。罪深い自分には何の権利もないが、アスターが願うのならそれは叶えばいいと、ヴィンセントは胸中でつぶやく。
 そうやっていたのは僅かな時間で、問いかけるようなヴィンセントの視線に気付きアスターははにかみながら言う。
「んーと……ないしょ」
 詮索する気はなかった。彼女の気分が晴れればそれでいいので、ヴィンセントは黙って頷くに留める。どこか満足そうな表情で宿に戻ると言うアスターについて歩き出す。
 ふと、歩調を緩めたアスターが振り向いた。薄闇の中でも真っすぐに彼を見る。
「ヴィンセント」
 沈黙で返したヴィンセントにアスターはふわりと笑う。
「ありがと」
 平静を装おうとしたが、踏み出しかけていた足は止まっていた。
 先の一言の、遠回しな意図に彼女は気付いたのだろうか。
 感情が露見しないように目を伏せたが、アスターはすぐにくるりと前を向いてしまったので、取り繕う必要もなかった。ずいぶんと足取り軽くなったように見える少女の後ろ姿に付いていきながら、彼は溜め息を押し殺す。




 アスターはもう一度、満天の星空を仰ぎ、そっと胸に手を遣った。密やかに繰り返した言葉に頬を緩める。
 何を望み、何を願うのか、彼女は知り得ない。あるいは望みなど無いのかもしれないが、それでも、この想いがどこかへ届くのならば──
(ヴィンの願いが、叶いますように)




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