今日のゆうべ


「ちょっと聞いてよ! 今日! アスターがさッ!」
 やたら楽しそうに、ばんばんテーブルを叩きながらユフィがわめく。
 エッジを訪れているユフィと、ヴィンセントとアスターを含めてちょっとした酒盛りを始めたところだった。まだ飲み始めてもいないうちから彼女のテンションは高い。
 話題にのぼったアスターはちょっと微妙な表情でジュースをすすっていた。どうせ無駄だから止めないが、あまり吹聴してほしい話でもないのだ。
「ほら今日店に来た少年……なんか届けに来た?」
「ああ、うん。向こうの通りの子ね」
「アスターに告ってた」
「ええっ!?」
 近所の少年で、セブンスヘブンに使いっ走りに来ることがある。アスターとも何度か顔を合わせ、年回りが近いせいか彼女を気にしている風ではあったが、そんなに熱を上げているとは思わなかった。
「……何がいいんだろうな」
 心底解らないといった様子で、クラウドがつぶやく。
「それ、ヴィンセントに失礼よ」
 苦笑するティファに、クラウドは肩をすくめた。正直に言っただけで、それでヴィンセントが腹を立てるとも思っていない。実際、彼は気にした様子もなくグラスを傾けていた。というか、アスターが他の男にちょっかいかけられたというのに反応は薄い。
「ずいぶん熱烈に迫られてたじゃん。嬉しくない?」
 ユフィが冷やかすが、けれどアスターは珍しく嫌そうな顔をする。
「えー、全然」
「わりと爽やかイケメンな子だけど……」
 困ったりするならまだしも、不愉快そうなのは彼女らしくない。
「ヴィンセントの方がかっこいいもん」
「顔か」
「中身もっ。なのにヴィンセントのこと、あんな男って言ったんだよ」
 アスターが憤然と言ったが、無理もない気がする。ヴィンセントは一見すると胡乱で、口を開いても陰気だ。全体的に堅気に見えないというか、薄暗い路地で出会ったら即座に逃げたいような雰囲気はどうにかならないものか。
「ヴィンセントの方がかっこいいし! 強いし優しいし、甘やかしてくれるけど、でもちゃんと厳しいし、真面目だし。いつだって誰かのために無理するし。わたしの言ったこと、つまんないことでもちゃんと覚えててくれるし。笑ってくれるし。ヴィンセントぐらいすごいなぁって思える人なんかいないのに! あんな男って!」
「アスター……」
 遮るヴィンセントの声に、アスターはようやく我に返った。当人を前にしてずいぶん色々ぶちまけてしまったことに気付く。いや、別にそれ自体は時々言っているので恥ずかしくもないのだが。
 思わず見返せば、ヴィンセントは片手で顔を覆い、僅かに視線を下げていた。目を合わせてくれないのも当然、僅かに覗いている肌はかなり朱を帯びている。
「……っ!」
 見事に赤面しているヴィンセントにつられ、耳まで真っ赤になったアスターはその場に突っ伏し──それでも足りずにテーブルの下に潜り込んでしまった。
「……こういう所が、いいってことかな」
 少しばかり呆れたような声音だが、笑いながらティファが言う。
「やっぱりバカップルだな」
「こいつらには褒め言葉だよね〜」
 動揺から立ち直ったヴィンセントは彼女をテーブル下から引っ張り出し、緩く腕に抱き込む。並べ立てられた言葉より、ただアスターが彼のために怒ったことが嬉しかった。




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