Cheese! case2
アスターが目を覚ましたとき、辺りはすっかり明るかった。陽の高さからして朝より昼に近い。ずいぶん寝過ごしてしまったようだ。 「起きたか」 「ん……」 はっきりしない頭で、すぐそばから聞こえた声に返事をする。布団のなかで手足を伸ばし、眠気を振り切って顔を上げた。 しかし目覚ましにも気付かなかったのかと携帯を手に取れば、画面は真っ黒で、そういえばやけにメールやれ電話やれが来るので苛立ったヴィンセントが電源を切ったことを思い出す。大量に届いていたメールはほとんどがユフィからで、途中からおそらく一目で分かるように件名に用が書かれていた。最後の方はヴィンセントに対する罵詈雑言になっていたが。 うつぶせになって特に重要でないそれをちまちま削除しながら、ふとアスターは視線を上げる。 傍らのヴィンセントは自分の腕を枕に、半分寝ているような目でアスターを眺めていた。普段からすると随分しどけない格好で、目の遣り場に困る。 「ね、ヴィンは……」 一拍だけ躊躇ってからアスターは続けた。 「写メ、撮りたいと思う?」 携帯のカメラを向けて、ボタンを押す。耳障りなシャッター音に彼は顔をしかめ、アスターの手から携帯を奪い取った。撮られた写真は、画面の半分近くが素肌で──まぁ男だから問題ないといえばそうなのだが──どう見ても露骨なそれを消去する。 「流行ってるんだって。えーと、それで、それが後から悪用されて大変なことになったり、とか」 曖昧な言い方だったが理解できた。そういえば現役時代にも幹部のプライベート写真をネタに恐喝してきた連中を潰したことがあった。まったく面倒な仕事だったと記憶している。 「そんなに普通に、撮らせちゃうのかなぁって」 アスターからすればかなり特殊な行為に思える。好きずきだから別にいいのだが。 けれど聞いた話、高確率で男の方がそういう画像を欲しがるらしく、ならばヴィンセントはどうなのだろうと思った次第だ。 小首を傾げているアスターを見返し、ヴィンセントは身体を起こした。アスターがきょとんとしている隙に仰向かせ、組み伏せる。片手で細い手首を押さえたままカメラを起動した携帯を向ける。 「こういう事か?」 見下ろした少女の、顔から腰辺りまでをフレームに収める。液晶越しの白い肌は、直接見るよりひどく艶めかしい。 「ちょ……!」 アスターは逃れようとしたが彼の手は緩まず、顔を背けるのが精一杯だった。 「駄目だ。隠すな」 低い、けれど笑み含みの声でヴィンセントが叱責する。わずかに身体を震わせ、そろりと見上げてきた魔晄色の瞳に嫌悪は見られなかった。 「……ほら、アスター?」 今度は少し甘く名前を呼べば、息を乱した少女は泣きそうな顔で怖ず怖ずと腕を下げた。その反応に薄く笑う。 結局シャッターは押さずに、手を翻して携帯を差し出した。 今ので理解したが、可愛い恋人が困ったり嫌がったり、恥ずかしがりながら結局は従ってくれれば、それは確かに楽しいのだろう。だが、これをデータとして残しておこうとは思わなかった。使うあてもないし、何かの拍子に他人に見られたら困る。アスターが嫌がらなかったとしても、やはりさほど興味はない。 「他にも愉しみ方はある」 アスターの頬に口付けながらヴィンセントはささやいた。カメラを向けなくても、そういう反応を引き出すことはできるのだ。 「でも、ヴィンセントいじわるだから」 彼の興奮も、見えていたのだろう。きっかけがあれば実行するかもしれないとアスターは思ったのだ。 「鎮めてくれればいい話だ」 「やっぱり大変なのは女の子の方なんだねー」 そう言いながらもやわらかな笑みで、アスターはヴィンセントを受けとめる。 |