白夜に眠る
曖昧な感覚だった。
空間をただ浮遊するように足元の定まらない奇妙な感覚は、視界にも思考にも霞がかかったような不透明さを孕んで自分がどこにいるのかさえ認識させない。
辺りを見渡せば闇とも光ともつかない景色が広がるだけで、それはひたすら不安定な感覚だけを与え続けている。
そんな空間で常に微睡みのような時間に浸って、それでも思い出すひとがいた。
時々覚醒するかのように瞼を開ければ、自分のものではない視界に彼女がいる。
笑っている彼女が、いる。
(幸せ、そうだ)
彼女は、自分が全てをかけた彼女ではないけれど。幸福に揺れる琥珀の瞳は間違いなく愛しい人。
(良かった)
彼女が笑っている世界で良かった。幸せになるのが上手じゃない人だったから、心配だったけれど。
(あんたが笑って)
そこが幸せに満ちた世界なら。
(金蝉子…ああ、今は玄奘、だっけ)
この手が彼女に届くことは二度とないけれど、笑っているなら、いい。
(今度こそ)
愛しい人。どうか誰よりも幸せに。