短編 | ナノ
「名前の世界でも、結婚する時に指輪の交換をするのだ?」
二人きりの部屋の中、井宿は突然名前に問い掛ける。その問いに、名前はきょとんとした。
「するけど…何で知ってんの?」
「昨日の晩、鬼宿君と美朱ちゃんが揃いの指輪を買って来たと嬉しそうに教えてくれたのだ!」
ぴんと人差し指を立て、井宿は微笑んだ。どうやら美朱と鬼宿の入れ知恵らしい。
「なるほどねえ。指輪か〜。夢あるなあ」
名前は自分の世界で友人が恋人に貰ったと指輪を自慢していた事を思い出した。
「欲しいのだ?」
「うーん。欲しいけど、指に付けてたら多分傷付けてまうから…」
恋人から指輪を貰う。それは名前にとって、密やかな夢であった。しかしこの世界では、彼女は術や武道を使って戦う事が多い。その為、大切な指輪を傷付けかねないと思ったのだろう。少し哀しそうに笑いながら、名前はこう言った。
「おいらとしては、その方が良いのだが…」
「へ?」
「だって指輪をすれば、君は無茶をしないだろう…?」
井宿は名前の言葉にこう返答した。彼は前々から、彼女の危険な行動をどうにか出来ないかと考えていたのだ。この世界を救う為に来たとはいえ、名前は無茶をし過ぎだ。ここまで無茶をすれば彼女の生命に関わるかもしれない。指輪が彼女のそんな行動を抑えてくれれば。井宿はそう考えていた。
「うちは大丈夫やって!ほんま、井宿は心配性やねんから…」
真剣な井宿に対し、名前は苦笑いだ。今までも何度も"無茶をするな"だの"自分を大切にしろ"だの言われて来ているが、彼女としては無茶をしているつもりは毛頭ないのだ。むしろこれくらいしなければこの世界を救えないと思っている。だから何度言われようとやり方を変えないのだ。
「…そう言うと思ったのだ」
「分かってんなら言いなや」
「だから、これ」
溜め息を吐いた井宿がそう言って取り出したのは、髪留めの蒼い紐だった。
「え、何これ?」
「指輪でなくても、揃いの物なら良いのだろう?」
微笑む彼の髪も、同じ蒼い紐で結われている。それを見た名前はうっすらと頬を染め、紐を受け取った。
「ほんま、気障な事するよなあ」
ぶつぶつと文句なのか何なのか分からない事を呟きながら、名前は髪を結うのだった。