あ、泣きそう。いや、あれはまだ諦めていない顔だ。でもそれを見抜けないうちの監督じゃねぇだろ。ほらバレた。今回はしょうがないだろうが、そうムキになんなって。あーあ残念、説得失敗。そのしょぼくれた顔かわいくねえからやめろよ。でも、もっと気に入らないものがひとつ。出た出た、その笑顔だよ。


ああ、気に入らねえ。
















「昌洙」

「? ホシノー?」

「お前、監督に何言ってたんだよ」

「エッ、ワタシ?」

「そう、お前。まさか監督に盾突いてたんじゃねえだろな?」

「タテツクッテ、ナニ?」

「………自分よりえらい人に反抗するっつーか、文句言ったりすることだ」


ああもう、いちいち話折られたんじゃキリがねえ。はあ、とあからさまに息を吐けば、目の前の人物はにこり、と笑った。ったく、少しは申し訳なさそうに笑えばいいのによ。そしたらちょっとは、オブラートに包んだ言い方をしてやれるのに。


(……それは無理か、)


どう考えても、ストレートにしか聞けやしない。俺はこいつの母国語を知らないわけだから、優しく諭す言い方なんてできる訳がない。それを分かっているから、こいつも、困ったようにすら笑わない。諦めきった爽やかな笑顔なんて救いようがないだろ。ああもう、いらつくったらありゃしない。


「タテツク、タテツク」

「覚えたか?」

「ウーン」

「まぁゆっくりでいいんじゃね。それよりな、お前、監督に文句言っただろ」

「………イッタ」

「その足のことでか」


ぴたり。完全に沈黙する昌洙を見つめる。昌洙の右足の太股には、ぐるぐると幾重にもテーピングが巻かれており、その上からしっかりとサポーターが付けられていた。先日の試合で他選手と当たりがあった際に、変に足を曲げてしまったらしい。軽い肉離れが起きた右足は完治まで三週間、しかし監督の判断により一ヶ月の治療を施されることになったのだが、こいつには期間が延びたことが相当ショックだったようで。


「……いいことなんだよ、肉離れはしっかり治してからの方がいいんだ。そっから肉腫なんて出来た日にゃ、今年は終わったと思うしかないんだからよ」

「…ソウネ、ソウヨ!ホシノ、オナカスイタヨー!」


そう話す昌洙の笑顔に、くらり、目眩。なんで、どうして、こいつは、


(ただ笑って、話題変えりゃいいと思ってんのか)


それは、なんて、






「……いいんじゃね?治らなくて」

「ハイ?」

「治らなくて」

「ワ!ホシノ、ソレ、ヒドイデスヨ!ジョークキツイ!」

「冗談じゃねぇしな」

「……ホシノ、ナニ?」

「別に」


訪れる静寂。目の前から笑みが消える瞬間、自分が笑いそうになった。はは、なんだこれ。そうだよそうだよその顔だよ。


「……ッ!!!」


口許が歪んだ瞬間を、彼は見逃さなかったようだ。走る衝撃、揺れる世界。叩くでもない、思いきり殴られたと分かったのは、自分がよろけたときだった。意外とこいつ、キレやすいのな。頭の片隅でそんなことを思う視界に、飛び込んできたのは、なみだ。早くて聞き取れないが、どうやら罵声のようだった。しかし、それをできない自分には何もダメージもない。わからない、わからないんだ。そのまま阿鼻叫喚に近い昌洙の腕を掴む。振りほどかれる腕、睨む鋭さ。それらを無視して抱き締めた。


「ッ!ナニスル!!!」

「悪い、わかんねえ」


何て言ってんのか、わかんねえ。悪びれもなくそう言ったところで、昌洙は本格的に泣き出した。仕方ないだろ、わからねぇんだよ。わかりたくても、わからねぇんだよ。頭の中でそんなことを思っていれば、ナンデ、ドウシテ、と片言が聞こえる。その瞬間、身体中の血が沸き立った。なんで、どうして、そんなの、俺が、俺がずっとお前に思っていたことを、お前は、


「だったら!!!」


抱き締めていた身体を離して強く肩を掴めば、痛みに昌洙の顔が歪む。ずきり、刺さる心。ああ、自分は思いきり殴られておきながら、相手にはこれとか。本当に強く出れないんだな、と少し情けなくなる。しかし、だからこそ伝えなければ。


「だから!だったら!笑ってんじゃねぇよ!!」

「!」

「いいんだよ笑えよ、泣けよ怒れよ!不安なんだろ!こんなところにひとりで!怪我もして!サッカーしに来てんのに出来なくて!怖くねぇのかよ!!」

「コワイヨ!!!」


あまりにも呆気なく放たれた言葉。昌洙、そう名前を呼ばれた彼は、もうぐじゃぐじゃだった。ぼた、ぼた、と溢れるものに、深く溜め息をつく。だめだ、自分は、どうも相手にはきつく当たれないらしい。


「……怖かったか」

「っ、ハイ」

「そうか」


無理矢理でも、やっと聞けた彼の本音に安心する。こんなにも、こんなにも言葉の壁は厚い。けれど、壁越しにも、声は届くんだよ。なぁ昌洙、頼むから諦めてんなよ、届くんだよ、お前の声は、届くんだよ。


「……飯、行くか」

「?」

「腹。減ってんだろ」

「……イキマス」

「泣き止んでからな」


言葉は寄り添えられない。それでも、寄り添うことは出来る。例えばそう、相手がへこんでいたら、飯に誘って、なんとなく一緒にいる。それだけで、それだけで。


(俺も大概甘ぇよ…)


とりあえず、ゴハンー!キムチー!そう笑顔で支度をする昌洙を小突いてから、その濡れそぼった目尻に口づけた。


(そうすれば、諦めや、苦笑じゃなくて、)

(おてんとさまのような笑顔が降ってくるから、)




心を潜る



END.
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そうやって、ずっと、笑っていて。


ホシカンweb企画『ほしかん!2nd』に投稿しました。
もうホシカン結婚したらいい…ありがとうございました!