◇しりたいこと、おぼえたこと ◇writer by 持田

ほんまるにきて、もうどのくらいたったんだろう。
 あるじによばれ、このほんまるにけんげんして、はじめのころはこのからだにきちんとなじめるだろうかと、とてもあふんだった。でも、ぼくよりさきにきていたみんなによくしてもらったから、ぼくのしんぱいがうそみたいに、ひととしてのせいかつになれるまで、ほとんどじかんがかからなかった。きがついたときには、ぼくはここでのせいかつがすきになっていた。
 ひとのからだをあたえられてからは、たのしいこともたくさんあったけど、つらいこともたくさんあった。いくさに、たくさんでた。けがもたくさんした。けれど、それはぼくだけじゃなくて、みんなおなじことだから、ないてなんかいられなかった。それに、ぼくはつよいこだから、なみだなんかみせないんだ。ぼくは、ここにきたときよりもつよくなれているのかな。

 きょうは、はじめてきんじをまかされた。
 「きんじって、なにをするんだ?」と五虎退にきいてみたら、「あるじさまの傍について、お仕事のお手伝いをするんですよ」とおしえてくれた。あるじの、おしごとの、おてつだい。はたして、ぼくにつとまるだろうか。
 ぼくは、このほんまるのかたなのなかでも、とくにせがひくいほうだった。さきにきていたみんなにくらべて、ちからもまだまだよわいとおもう。きっとぼくよりあるじのやくにたてるひとがいるはずなのに、どうして、ぼくをえらんだのだろう? まえよりもずっとつよくなれたはずなのに、よわきになってしまうのはなぜだろう。

「あ、あの、あるじさまはとっても優しいです。僕、近侍を任されるとき、他の兄弟みたいに器用にお手伝いはできないけれど、それでもあるじさまはいつも『ありがとう、たすかったよ』って言ってくれます。だから、大丈夫ですよ……!」

 五虎退が、ぼくにわらいかけてくれた。上杉家にあったかたなだからといって、あるじがぼくのせわやくにしてくれたのが、五虎退だった。せいかつになれたいまでも、ぼくのことをなにかときにかけてくれている。ぼくと五虎退をくませてくれたあるじがやさしいのも、五虎退がそんなあるじをとてもしんらいしているのも、ぼくはしっている。だから、まえむきになりたいのに。

「うん、ありがとう……がんばるよ」

 まえむきになりたいのに、うつむいたままで、五虎退のかおもみられないのは、どうしてかな。

 審神者のしごとというのは、ぼくら刀剣男士がいくさにでるのとはちがって、つくえにむかうようなものばかりだった。ぼくらがどのじだいで、どういうふうにたたかって、れきしかいへんをそししたかをまとめて、ほうこくしなければならないらしい。たくさんのかみのまえで、あるじはうんうんとうなっていた。
 ぼくはというと、そんなあるじのかたわらについて、そのようすをじっとながめているだけだった。これが、きんじのしごとなのかな。もしもここにいたのがあつきだったら、もっとべつのことをできていたのかな。いまはここにいないあつきのことをかんがえて、すこしさみしくなった。

「……よし、休憩にしよう! 謙信、お水をいれてくれる?」
「あ、ああ、わかったぞ!」

 ようやく、ぼくにしごとをまかせてくれた。あるじのぶんのみずをうつわにいれてわたすと、「謙信も飲んでいいんだよ。それとも、喉渇いてないのかな?」といわれてしまった。ぼくはなんだかとてもはずかしくなって、うつむいてしまった。「う、うん、まだ、だいじょうぶだ……」とてもあついほおをかくしたくて、あるじからかおをそむけると、さきほどまであるじがむきあっていたかみが、めにはいった。まだおぼえていないもじがずらりとならんでいて、それでぼくはまたすこしじしんをうしなってしまった。

「今はね、この前謙信たちに行ってもらった池田屋での戦いのことをまとめていたんだよ」

 ――と、はなしかけられて、ぼくははずかしかったのもわすれてあるじのほうをむいてしまった。あるじとめがあって、むねが、はねたきがした。

「隊長……謙信景光……っと」

 あるじが、ぼくのなをかいた。謙信景光。ぼくがここにきて、すぐにおぼえたもじだった。謙信公からもらったなまえ。みんながよんでくれる、ぼくのなまえ。あるじがかいたそのじは、ぼくがかくものとちがってとてもきれいで、ついみとれてしまっていた。あるじがかいたぼくのなまえをみていると、どうしてか、すごくむねがあつくなる。ぼくも、これくらいうまくかけるようになりたいとおもった。
 そうだ。あつきがきたときに、なまえをかいてわたしたら、あつきはおどろくだろうか。そうしたら、ぼくはあつきがいなくてもこのほんまるでやっていけていたというしょうめいになるだろうか。あつきも、あんしんしてくれるだろうか。

「あ、そういえば。今日は実家から手紙が届くから、謙信、玄関まで取りに行ってくれる?」

 あずきのことをかんがえて、ぼうっとしていたけれど、そうだ、ぼくはいま、きんじなのだった。

「あ、ああ! もちろんだ。ぼくは、きんじだもの!」

 すこしはんのうがおくれてしまった。そんなぼくがおかしかったのか、あるじはくすくすとわらっている。かおは、あつくなるばかりだ。

「じゃあ、お願いね。そのうち配達担当のこんのすけが来るはずだから」
「はいたつたんとうの、こんのすけ……?」

 そんなものまでいたのか。ぼくにはまだまだ、しらないことだらけみたいだ。

 はいたつたんとうのこんのすけは、ほんとうにやってきた。いつもみているこんのすけとは、にているようで、すこしちがう。なんだかふしぎ。
 はいたつたんとうのこんのすけからわたされたふうとうには、とてもうつくしいじがかかれていた。でも、このもじをどうよむのか、ぼくにはわからない。あるじにあてたものだというから、きっとあるじのなまえなのだろう。

「えっと……このもじは、たしか“さま”とよむんだった……。――だめだ……ぜんぜんよめない……」

 かろうじてよめたもじだけでは、わからない。でも、あるじのなまえをあらわすもじのひとつひとつがうつくしいから、きっときれいなひびきなのだとおもった。だから、とてもしりたい。このもじはどうよむのか。どういういみをもっているのか。五虎退にきこうかともかんがえたけど、それよりも、ぼくじしんのてでしらべたいとおもった。

「おかえりなさい」
「うん、ただいま」

 おてがみをうけとりにいっていただけなのに、あるじは「おかえりなさい」とわらいかけてくれた。それが、なんだかとてもうれしかった。

「配達担当のこんのすけ、本当にいたでしょ?」
「びっくりした。こんのすけは、たくさんいるのだな」

 あるじが、くすくすとわらう。「わたしも最初はびっくりしたよ」といって、ぼくをみつめる。

「あるじ」

 ぼくはいま「あるじ」とよんだけれど、このひとにはこのひとのなまえがあるんだ。このひとのことをあらわすなまえが、もじが、あるんだ。しりたいな。このふうとうにかかれたもじのよみかたを。このひとのなまえを。でも、やっぱりきくのではなくて、ぼくがじぶんでしらべるんだ。

「はい。ちゃんともってきたぞ!」
「ありがとう。手が離せなかったから、謙信が行ってくれてたすかったよ」

 そうやってまた、きみはわらうから、ぼくももっとしりたくなる。

 きんじのしごとは、あるじに「おやすみなさい」とあいさつをしておわりらしい。あいさつをしたら、あるじは「明日もまたよろしくね」といっていたから、どうやらぼくはしごとをやりとげることができたみたいだ。
 おへやにもどると、あいべやの不動が、かみをすいていた。ながいかみが、ゆかにひろがっている。

「ああ、おかえり。今日は近侍を任されてたんだよな。どうだった? 初めての近侍は」
「いちどもしっぱいせずに、ぶじにおえられたぞ!」
「それはよかった。五虎退も心配してたみたいだよ」
「あ、やっぱり……」
「明日、ちゃんと報告しに行きなよ」

 不動は、ふだんこそきりっとしたひょうじょうをしているけれど、こうしてはなしていると、とてもやさしい。このへやは、もとは不動がひとりでつかっていたものらしいけれど、ぼくがいっしょにつかうことをこころよくうけいれてくれた。

「そういえば、不動ははじめてきんじをまかされたとき、どうだった?」
「えっ!? お……俺のことより、今日は謙信の話をしよう!」

 でも、ぼくがここにくるまえのことをきくと、すこしかおをあかくして、てれくさそうにほおをかいてわらうんだ。

「あ、そうだ! ぼく、きょうはあるじのなまえの……もじをしったんだ」
「主の名前? っていうと――」
「あ、いっちゃだめ! よみかたは、まだわからないから、ぼくがしらべることにしたんだ」
「へぇ、そうなのか。じゃあ、言わないようにみんなにも注意してまわらないとな」
「そうしてもらえると、たすかるぞ!」

 ほっとひといきついて、ぼくはねまきにきがえることにした。

「謙信が主の名前を書けるようになったら、きっと主も喜ぶだろうなぁ」
「そ、そうかな」

 きがえにもだいぶなれたけど、はなしながらひもをむすぼうとしても、どうしてもてがとまってしまう。

「あの人は、謙信のことも愛しているからね」

 そうなのかな、っていいながら、ぼくのむねはどんどんうるさくなっていった。ぼくは、あるじにあいされるくらい、つよい刀剣男士になれたのかな。そんなことをかんがえながらむすんでいたひもは、きがつけばふくざつなむすびかたになっていて、不動があわててむすびなおしてくれた。

 つぎのひも、そのつぎのひも、あるじはぼくにきんじをまかせてくれた。
 しっぱいしないように、せいいっぱいがんばっていると、燭台切はおかしをつくってもってきてくれるようになった。小竜は「すっかりお気に入りみたいだね?」とわらってたし、大般若もすれちがうときに「まあ頑張んな」とあたまをかるくたたいて――なでて? くれた。おなじ長船のみんなは、ぼくをきんじとしてみとめてくれているみたいだった。ただ、いちばんみせたいあつきだけが、ここにいなかった。
 あるじのしごとをてつだいながら、すこしずつもじをおぼえていった。本丸、時代、出陣、遠征、結成、帰還……まだ、かこうとするとぐちゃぐちゃになってしまうけれど、よめるようにはなった。
 あるじのなまえのもじも、すこしずつしらべていった。ひとつめのもじをみつけるまで、とてもたいへんで、つくえにむかったままねてしまっていたところを、不動にはこんでもらってしまったひもあった。だから、ひとつめのもじをみつけたとき、不動もいっしょによろこんでくれた。
 そのあとも、すこしずつ、すこしずつ、ゆっくりともじをしらべていった。そのあいだに、ほかのもじもおぼえられた。もじをおぼえるのは、たのしかった。そのもじがあらわすいみをおぼえると、ぼくのせかいもひろくなるみたいだった。
 それから、えんがわでじしょをひらいていたら、いままであまりはなしたことのなかった歌仙さんがやってきて、わらいながらおかしをくれたこともあった。「きみの探求心は僕の心にも火をつけたよ」なんていいながら、もじにまつわるいろいろなはなしをきかせてくれた。

 あるじが、「今日はわたしもお休みにするから」といって、ぼくにやすみをくれた。きょうはいちにちじゅう、あるじのなまえをしらべることができる! そうおもっていたところに、五虎退があそびにきた。ぼくは、うれしくなってかけよった。

「ようやく、あとひともじで、ぜんぶわかるんだ!」
「そうなんですね! おめでとうございます!」
「まだぜんぶがわかったわけじゃないから、おめでとうはおかしいぞ」

 ぼくがくびをかしげると、ごこたいは「ううん」とくびをよこにふった。

「なにもおかしくないですよ。だ、だって、謙信くんはずっと頑張ってたから、それが報われそうなときにおめでとうって声をかけるのは、間違ってないと思うんです……!」
「そういうものなのか?」
「た、たぶん、ですけど……!」

 五虎退のうしろで、おおきなとらがのどをならした。さいしょはこわかったとらくんも、いまではすっかりなかよくなれた。ひさしぶりになでてやると、きもちよさそうにめをほそめる。そのようすは、とてもかわいらしかった。

「じゃあ、今日は最後の一文字を調べるんですね」
「ああ! ぜんぶわかったら、なまえをかいてあるじにみせてあげなさいと、歌仙さんからいろいろとどうぐをかりたんだ」
「か、歌仙さんから、ですか?」

 五虎退は、なぜかあわてたようすだった。

「うん。それがどうかしたか?」
「い、いえ、なんでもないです! よかったですね」
「そうだな。せっかくかしてもらったから、がんばってかくぞ! で、でも、こういうどうぐはつかったことがないから、五虎退も、てつだってくれる……?」

 ずっといいたかったけど、なんとなくいいだせなかったことがつたえられた。
 どうかな、五虎退、いそがしくないかな――そうやってしんぱいしていると、五虎退は「もちろんです! あ、で、でも、僕もあまり使ったことがないから、上手くはないけど……でも、お手伝いさせてください!」とわらってくれた。それがとてもうれしかった。

「じゃあ、いそいでしらべなくちゃだね!」

 ぼくは、五虎退といっしょにつくえにむかった。
 すべてをしらべおわったのは、もうすぐゆうごはんのじかん、というくらいおそいじかんだった。

「これが、あるじのなまえなんだね!」

 そういってぼくがわらうと、ごこたいもいっしょになってわらってくれた。
 ゆうごはんは、あるじのとなりでたべた。やすみのひといえど、ぼくがあるじのきんじをまかされていることに、かわりはないから。
 あるじのなまえがよめたうれしさで、ごはんをおかわりしたら、あるじに「今日はいっぱい食べるんだね」といわれてしまった。いけない。あるじになまえをかいてみせるのだとしった鶴丸さんが「こういうのはいかにバレないようにするのかが肝心だ」といっていた。べつにぼくは、あるじをおどろかせたいわけではなかったけど、たしかに、なにもいわずにみせたいとおもったから、なんでもないふりをした。
 五虎退といっしょにおへやにもどると、不動がさきにかえってきていた。

「不動! これから、あるじのなまえをかくんだ!」
「調べ終わったの?」
「うん、きょう、ようやくしらべおわったんだ!」
「よかったじゃないか、おめでとう!」

 不動にそういわれて、ぼくはなんだかくすぐったいきもちになった。
 歌仙さんにかりたしょどうのどうぐを、五虎退と不動にてつだってもらいながらひろげた。「歌仙の道具ねぇ……傷の一つでもつけたらどうなるか……」と不動がつぶやいたのがきこえてしまって、うごきのひとつひとつがしんちょうになった。
 ぼくがうまくかけないのをみて、不動がおてほんをかいてくれた。ととのったじに、不動のせいかくがでているみたいで、おもしろいとおもった。
 それからなんどもなんどもかきなおして、ようやくかきあがったいちまいをみて、不動も五虎退もすごくいいとほめてくれた。たくさんかいたからかな、それとも、じかんをかけてしらべた、あるじのなまえをかいたからかな。ぼくも、このじがすきになった。

 つぎのひは、あさからおちつかなかった。あさごはんも、いつもよりたべられずにいると、「具合悪い?」と、あるじにしんぱいさせてしまった。

「昨日の謙信がいつもより大食いだったの、キミも見てただろう?」

 なにもかえせずにいるぼくをみかねてか、ぼくのとなりでごはんをたべていた小竜があいだにはいってくれた。

「ただの食べ過ぎ? 無理はしないでね」
「うん……大丈夫だ!」

 ごはんをたべたあと、小竜に「さっきはありがとう」というと「はい、どういたしまして」といいながらひらりとてをふり、さってしまった。おれいのきもち、ちゃんとつたわっているといいけど。

 いよいよ、ぼくがかいたなまえを、あるじにみせるときがきた。いくさにでるまえとはちがったきんちょうで、ぼくのてはふるえていた。
 だいじょうぶだろうか。もじは、まちがっていないだろうか。いきなりみせて、へんにおもわれないだろうか。そんなふあんにおしつぶされそうだったけど、ぼくはつよいこだから、こんなきんちょうにまけてなんかいられないんだ。
 こぶしをにぎりしめてしまったら、かみまでにぎりつぶしてしまうから、ふぅ、とひといきついて、ぼくはあるじのへやのとをあけた。

「あるじ、きょうは、おしごとのまえにみせたいものがあるんだ!」

 きみのなまえがきれいだったのもあったけど、ぼくをたいせつに、不動のいうようにあいしてくれる、やさしいあるじに、ぼくもこたえたいとおもったから。ぼくはきみのなまえをおぼえたよ。きみがぼくのなまえをかいてくれたように、ぼくもきみのなまえをかいてみたから、あのひ、ぼくがそうだったように、きみもよろこんでくれるといいな。まだまだうまくかけなくて、すこしゆがんでいるけれど、きみのことをおもいうかべながら、いっしょうけんめい、かいたから。


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