豊臣の左腕、十月国の龍神が籍入れした。
淡い橙色の光が燈る閨には、浅い赤色の襦袢を着た女と白い長襦袢を着た男が居た。それはなまえと三成であり、祝言を済ませた後の初夜を過ごそうとしているのである_だが、なまえは少し顔を曇らせて襦袢を握っていた。

「どうした、何故脱がない」

当然の疑問を、三成は投げ掛ける。
顔をほんの少しだけ淡く染めて、なまえはふいと正座した足元に視線を落とした。_なまえの背中には、龍神が居る。本来並ば入墨は重罪で、死刑にも能うる。しかしなまえの祖国では誇らしいものとして扱っている。故、なまえは見つかれば殺されるという恐怖は感じていないのだ。

しかしなまえも女性である。

なまえは、三成と出逢って未だ長く立っては居ないが、確かに三成を深く愛している。その為、この背中の入墨で軽蔑でもされようものならと何度も考した。何度も言おうとした。しかし言い出せぬ侭この日を迎えて仕舞ったのだ。

見つかって殺される、より見つかって軽蔑される、の方がなまえとしては避けるべき現実であった。他の者に見つかるなら隠蔽の手でも打てばいいかもしれないが、見つけて軽蔑するのは目の前にいる愛する者。手を下すことも出来ない大和には死活問題だ。

龍神の事を何も知らない三成に、__

なまえは考えるだけでも頭を抱えたくなった。余りにも何もしないなまえに等々三成は痺れを切らし眠ろうと布団に潜り込もうとした。その時、なまえが あっ、と声を上げた。

「…何だ」
「あの、……聞いて欲しい事がある」

三成は漸くか、と言わんばかりに脚を組んで座り直し、なまえの瞳を見据えた。ふるりとなまえは身を震わせ、そして唇をも震わせながら真実を語らんとした。

「背中に入墨を入れる事が母国の決まりだ」
「………ほう」

容認出来ないだろう、彼は天下の豊臣軍の猛き精鋭だ。例えこの国を治める天下人では無いたれど、この国の未来でもある__殺されるかもしれない

そう心の隅で思いながらも、なまえは言葉を紡いだ。自身の国の決まりである事、誇るべきものである事、そして、言いたくても言い出せなかった事…全てを言い晒した。

「だから、あの……その、……」


___押し黙って仕舞った。

なまえは一番言いたい事、聞きたい事を言葉に紡ぐ事が出来なかった。軽蔑されるかもしれないという恐怖で、なまえは小さく、身を小刻みに震えさせた。

「見せろ」
「………、えっ?」
「見せろ、と言っている」

三成は怒声を上げる事も、軽蔑の言を放つ事も無く、只”見せろ”とだけ呟いた。当然なまえも、恐怖も気勢も削がれ呆けてしまう。三成が出来ぬ事か、と怪訝そうに言い放った時、やっとなまえには意識が戻った様な態度をしめした。

「…その、………わ、分かった」

なまえがもう一度言を口にした時、三成は”早くしろ”とも取れる睨みを利かせた。これになまえは、虎か何かに見据えられたような感覚に成り慌ててその赤襦袢をはだけさせた。

幾ら背中とは言え恥ずかしい彼女は首まで赤を広げて、すっかり何も纏っていない無防備な背を三成へと見せた。

初めて、彼女は国の者以外に背を晒した。何とも言えぬ恐怖と羞恥で、なまえは今直ぐ消えてしまいたかった。その証拠は、震える手と泣き出しそうな瞳、そして早鐘を打つ心臓である。

依然として、三成は何も口にしない。未だか、未だかとなまえは先程より震えを重ねている。如何されるのか、如何評価されるのが怖くて仕方ない。殺される事は怖くない。これは誇るべきものだ。しかし彼に嫌われる事だけは、何としてでも避けたい事であった。

「……ひゃっ」

なまえは控えめな、高い声を上げて身を跳ねさせた。突然、三成がなまえの背__腰より少し高めの位置にある龍神の顔をするりと撫でたのだ。顔を更に赤くして、三成、と呟きながら緩く後ろに振り向いた。

「入墨の重罪は平安からの政だ。今更覆すべき物では無い」

嗚呼矢張り、なまえは瞳を落とした。
軽蔑されて仕舞ったろうかと、頭の隅で考えるだけでも泣いて仕舞いそうだった。だが、軽蔑したかもしれぬというのに、何故三成は未だ自身の背を緩々と撫でて居るのだろうか__なまえは小さな疑問を宿す。

「しかし……美しい」

なまえには、まるで電流が走った様だった。
軽蔑も怒りもせず、三成は”美しい”と言ったのだ。思い切り三成に振り返り、小さな声で、本当?となまえは聞いた。その時の、三成の顔は微笑んでいた。怪訝そうな顔もして居ない。

「本来並ば許されざる物だ。しかし、これは…私でも感嘆を漏らして仕舞いそうだった」

どくどく、と心臓の音が耳に迄響いて来る。愛する者に軽蔑されるだろうと思い切っていたなまえには此れ迄に無い程喜びと感謝が胸を押しつぶして行く。涙を溜めた目で、なまえは嬉しそうに笑みながら三成を見つめた。

「この白い肌に強き志を持たんとする龍神が、貴様の生を刻み込んで居る様だ……私は、この事を公言しようとは思わん」

それは詰まり、なまえは呟いた。
三成はあぁ、と頷くと、此れは二人の秘密だとも付け足した。嬉しさで動けぬなまえを、三成はそっと抱き寄せて背中をゆったり、優しく撫でてやった。

「三成……あ、有難う……」
「礼を言われる程の事では無い、貴様を愛して居るが故の行動だ」

更に強く、三成はなまえを抱き寄せた。
初めて、なまえは三成の口から愛して居ると言う言葉を聞いた。今やなまえには、形容し難い、熱い大切な思いが宿っていた。顔の熱も全く引いていない。引くどころか、先程より更に熱く赤く成って居る。

「……なまえ、」

そっと、三成はなまえを布団に組み敷いた。
既になまえには、先程迄の心配も恐怖の色も持って居なかった。しかし、其れとは全く別の不安と恐怖を添えて居た。少し、困った様に眉を下げて、赤く頬を熟して居る。淡い吐息で胸を上下させている。

「優善の、努力はする」
「ッ、ああ…」

ぎこちなくなまえは頷いた。その瞳にはほんの少しだけ不安が残って居るものの、もう、恐怖は宿っては居なかった。二人は、死ぬ迄隠蔽するべき罪を重ね合わせ生きて行く事を決めた。

い、温度をじながら。



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