ペットって、普通の人からしたらどういう立ち位置にある存在なんだろう? 俺は昔うさぎを飼っていたことがあるけど、正直今となってはなぜうちの家にうさぎが必要だったのかわからない。もしかしたら必要性の有無じゃないのかな、ペットの価値って。それを理解できない俺は、やっぱりみんなが言うように普通じゃないのかもしれないけれど、夜兎である以上はそれで構わないと思う。普通になりたいわけじゃないし。

それはそうと、ペットって哀れな人生だと思う(人生とは言わないかな、猫生とか犬生、兎生とでも言えばいいのか)。だってよくよく考えてみれば、飼い主に餌をもらって、散歩に連れてってもらって、時には狭い檻の中に閉じ込められる。そんな囚人みたいな生活って、ありえないよ。もし俺がその立場なら耐えられない。絶対絶対絶対、死んでも耐えられない。むしろ死んだ方がマシ。


「……で、なんだって?」
「だから、魚を飼いたいと思ったの。どう思う?」

さて、ペットについてこのような価値観を持っている俺は、只今まさに部下の女夜兎からペットの相談をされているところだ。第七師団唯一の女である彼女は、自ら進んで俺の周りの雑務(正確に言えば、身の回りの世話)をしてくれる。俺個人はどうでもよいことなので別段何を言うこともなかったが、やはり男に世話をされるよりは女にされる方が良いみたいだ。脱ぎ捨てた服のたたみ方だったりベッドの整え方だったり、そうした面には男女の気性の差がよく表れる。だから寝相の悪い俺がぐちゃぐちゃにしてしまったシーツを直しながら、彼女はそんなことを告げたのだ。魚を飼いたいのだ、と。

「なんで俺の意見を聞くの? 飼いたいなら飼えばいいじゃん」
「団長はペットを飼ってたんでしょ、だから先輩の言葉を聞こうと思って」

はっきり言ってしまえば、定春(飼っていたうさぎの名前だ)は妹が連れてきたペットだ。俺はすっかり靄がかった当時の記憶を引き戻して、数秒黙考した。一番記憶が色濃かったのは、妹が絞め殺したうさぎの死体の硬さ、だったけれど。

「……餌代がもったいない」
「あげるくらいなら自分が食べたいっていうことね」

すっかり俺の性格を知り尽くした彼女の翻訳に舌を巻く。彼女と出会ってから、どれくらいが経っていたんだっけ。思い出せない自分の記憶力に腹が立ってくる。まさかこの年で痴呆とか、……いや、平気だ。だって、昨日の朝ごはんが鮭茶漬けだったこととか、ちゃんと覚えてるし。

「そもそも、なんで魚なの? 飼うならまだ犬猫の方が良いよ。魚なんて見るだけだし」
「見るだけだからいいんじゃないの?」

不思議そうに彼女は訊いた。ただの考え方の違いだろう。俺はどちらかといえば家でじっとしているよりは自ら動き回りたい人種だし、たとえばスポーツを観戦するならばむしろ俺自身がスポーツをやる側になりたいと思う人間だ。だからこそ、狭い水槽の中で息苦しそうに泳いでいる魚たちなんて、暇つぶしにもならない。可哀相だとは思えても、それを慈しむことなんてできっこない。

「わたしの飼いたいと思ってる魚は観賞用の種じゃないけど」
「へえ、どんなやつ」
「凶暴で食欲旺盛で、下手をすれば同じ水槽に入ってる魚も共食いしちゃうかもしれないみたいな」
「ピラニア?」
「かもしれない」

ばさばさ、とシーツが埃をたてる。多分彼女が後で掃除機をかけてくれるのだろうと思う。ソファに身を沈めた状態で、慣れた手つきでベッドが整えられていくのをぼんやり見ていた。

凶暴で食欲旺盛で、下手をすれば同じ水槽に入ってる魚も共食いしちゃうかもしれない、魚。きっとその魚は、自分が世界で一番偉い王様だと思っているのだろう。世界で自分より強いものはない、自分に従わないものはない。その世界がただのちっぽけな水槽であることも知らず、狭い世界で踏ん反り返っている。

「……たとえばさ」

ふと口を開くと、彼女は一度手を止めて俺を見た。長いまつげがはたはたと瞬くのを、俺は素直にきれいだと思った。俺がそんなことを思うなんて、我ながら珍しい。

「飼われてる魚がとても賢かったとして、もしそいつらもペットが欲しいと思ったら、餌としてあげた小魚を食べずに支配したりするのかな」

返事なんて期待していなかった、けれど、なぜか自然と目をやってしまった先で、彼女はやはりまた何度か瞬いてみせた。きれいだ。

俺の世界に争いは絶えない。とかく大きな組織には派閥争いが付き物なのだと、阿呆提督に殺されかけた俺に阿伏兎がなだめるように言ったことがある。多分狭い水槽の中でもそれは同じなのだろう。というかそもそも、俺たちから見れば狭い水槽でも、その中に住む魚たちからしたら広大な世界なのかもしれないし。

だったらだよ。俺が、俺たちがそうでないって証拠はどこにあるの? 俺が彼女が阿伏兎が妹が生きている世界もやっぱり誰かが暇つぶしに眺めている水槽のひとつでしかなくて、俺はその中で哀れに泳ぎ回る魚の一匹なのだとしたら?

「団長は何も考えてないように見えるけど、案外頭が回るのよね」

あなたのそういうところ、好きだよ。彼女はそう言って笑ったけれど、頭に浮かんでしまったくだらない妄想で、俺はすっかり気分が悪くなってしまった。

「魚を飼ったらまた伝えるね。見に来て。凶暴だけど、とてもきれいな魚だから」

頷いた俺は、しかしやはりもう何をする気力もなく、ソファから上体を起こして、宇宙が見える窓と見つめあっていた。頭のてっぺんにあるアンテナのようなピンクが一束、ふるふると揺れる。実体なく透き通っている反転した俺を、俺は見ている。俺があくまでただの魚の一匹なのだとしたら、暇つぶしに俺を水槽に放り込んだのは誰だというのか。それは、多分しばらくわからないんだろう。少なくとも、愚かな魚がその水槽のいかに狭いかを理解するまでは。

「で、その魚の目って青色なわけ?」

視線の先、宇宙の輝きを滲ませるそこで、憎らしい青色がきらりと光った。



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