なまえと俺が親しくなったのはほとんど奇跡に近いんだろう。そのくらい、なまえは俺とは正反対のところにいる奴だった。なまえは、マンガやドラマで見る優等生像そのまんまだった。膝丈ちょうどのスカートだし、髪は校則違反にならない長さでまとめられてるし、成績だっていつも上位だし、誰に対してもいつも優しい。なまえは最初こそ俺に対して少しびくびくしてたところがあったし、俺だっていつもしっかりしているなまえに苦手意識があった。けど、同じクラスになって、隣の席になって、何度か話をしているうちに共通点が多い事が分かった。たとえば、よく見ているドラマが同じとか、コロッケパンが好きだとか、兄弟がいるとか、そういう小さな共通点がいくつもあった。ちょっとずつ話をするようになって、一緒に過ごす時間だって増えて、親しくなった。笑顔を見て、言葉を交わして、そのぬくもりに触れて。ああなんだ、俺、なまえのこと好きなんだなと気付くのには、そんなに時間は掛からなかった。もっと親しくなりたい。もっと側にいたい。友人と言う関係も悪かねーけど、もうそれじゃあ満足できない。もう少し近しい関係になりたい。そう俺が思い始めた頃から、なまえは俺と距離をおくようになった。一緒に昼飯を食う回数が減った。話す内容が薄っぺらくなった。俺とふたりきりになるのを、避けるようになった。

それは嫌いだと言われるよりもずっと、面白くなかった。

「なまえ。一緒に帰んねーか。送ってく」

俺の誘いに、なまえは帰り支度をしていた手を止めた。前なら、ありがとう、とそう言って笑ってくれたと言うのに、今は違う。俺を見つめて、申し訳なさそうな顔をして。

「十和田くん…ありがとう。でも、大丈夫だよ。ひとりで、帰れるから」
「あ?…送ってやるって、言ってんだろ」

ありがとうという言葉は前と同じなのに。それなのに、前とは違って、申し訳そうな顔して、拒否するから。つい、強い言い方で返してしまう。教室に残っていた数人の生徒は、俺の声の低さにびびったのか、空気を読んだのか、そそくさと教室から出て行った。なまえもそいつらに続いて教室から出たかったんだろう、スクールバッグを抱えるように持ち、俺から逃げようとするが、俺はなまえの前に立ちふさがってそれを許さない。なまえは困惑したような顔で俺を見上げる。

「…お前さ、気付いてんだろ」
「なに、に」
「気付いてて、避けてんだろ」

俺の言葉に、なまえは何も言わなかった。その代わりとでも言うかのように、少しずつ、後ずさる。なまえが後ずさって、俺が迫って。数回それを繰り返せば、なまえの背は教室の壁へぶつかる。慌てた様子で左右に逃げようとしたのか視線を彷徨わせたが、それよりはやく俺はなまえの顔の両側に手をつく。前には俺のからだ。右と左には俺の腕。逃げ場をなくしたなまえは、今にも泣き出しそうな表情で俺を見上げてきた。

「なァ、知ってんだろ。知っててなんで、避けるんだよ」
「さ、避けてないよ。それに、なにも、…何も知らない、気付いてない。十和田くんが何を言ってるのか、わからないよ…」
「分からないなら言ってやるよ。…俺はお前が、」
「っ、聞きたく、ない!…っ、知りたくないの、私は…っ、このままで、いいのに…!十和田くんと笑って、話して、たまにぬくもりに触れて、それだけでいいのに、それ以上なんていらないのに、このままがいいのに!どうして…っ」

俺の言葉にかぶせるようにそう叫んで、なまえはついに泣き出してしまった。泣きたいのは、俺のほうだ。全部知ってて、俺の気持ちも、それに応えたくないなまえ自身の気持ちにも気付いてて、そうやって知らないふりをするんだよ。なんで俺の気持ちを受け入れることも拒否することもしないで、そうやって、知らないふりで今まで通りを望もうとするんだよ。知らないふりを続ければ俺がそのうち諦めると思ってるのか。今までと変わらず友人として親しくしていけると思ってるのか。そんなの、俺が友人と言う関係じゃ満足できなくなってる以上、どうしたって無理なのにな。いっそ嫌いだと言ってくれればそれでいいのに。そうすりゃあ、諦められるのに。

「…知らないふりをすんのが、一番ずりぃよ、なまえ」

今以上の関係を願うことも諦めることもできない俺は、今日もお前への想いを募らせる。

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