夜道をひとりゆっくりと歩く。浮かんでくるのは、私の気持ち知ってるくせに。そう泣きそうな声で言ったなまえだ。知ってる、わかってる。なまえが俺を好きだって事も、なまえが中途半端な態度を取る俺に心を痛めている事も。そんなのずっと前から気付いてた。
「…なまえ」
付き合えるものならば付き合たい。だけどそれは口にするほど簡単な事ではない。俺はなまえが好きで、なまえも俺が好き。じゃあ簡単な事だろ、そう言われてしまえば簡単なのかもしれないけれど難しいのはきっとその後。思い合っていても、それだけじゃダメなんだときっと強く思い知らされる日が来る。きっとどうしたって俺はなまえを悲しませるし、泣かせてしまうだろう。なぜ?そんなの見るより明らかだ。
「ごめんな」
どれだけなまえが好きだからと言って、もしなまえと野球を天秤に掛けなければいけない事があったら。俺は確実に野球を取るだろう。だったら、そうわかっているのなら。ごめん。そうひとことなまえに言って、突き放してしまえばいい。今のまま、中途半端になまえの気持ちを宙吊りにするのをやめろ。これ以上期待させるような事はしてはいけない。そんな事を何度も思うくせに、いざなまえを目の前にすると触れたくて触れたくてたまらなくて、気付けばなまえに期待させるような事をしてしまう。本当はわかってる。俺がなまえにごめんと言えない本当の理由は。
「好き、だ」
なまえが俺を好きでいるうちは絶対に誰のものにもならないとわかっているから。もし、もしもなまえが俺じゃない誰かのものになってしまったら。考えただけで吐き気がする。結局俺は情けない、ダメな奴なんだ。付き合えない、でも俺以外の奴なんて見ないでずっと俺だけを好きでいてほしい、だなんて。
「俺はなまえが、好きだよ」
ずるいずるいとなまえは俺に言う。でも本当にずるいのはなまえの方だ。なまえはいつだって俺の心をおかしくする。その、俺が好きでたまらないという目で、仕草で、微笑みで。言えない、言ってはいけない。どこにも吐き出す事など出来ない思いを胸にきっと俺はこれからも、曖昧な態度でなまえを苦しめ続けるのだろう。
言えないのはお互いさま
20141022