偶然、深夜のコンビニで出くわした倉持くんに、もしかして…そうどきりと胸が高鳴る。そんな私の高鳴りが伝わったかのように、御幸もいるぜって倉持くんは笑った。エスパー?そう言うと、ばーかお前わかりやすいんだよなんて返ってくる。

「もうすっかり夏だなー」
「最近暑いもんね」

まさか会えるなんて思ってなかったから。手櫛で髪の毛を軽く整えると、隣で飲み物を飲んでいた倉持くんが、んな事しなくても平気だろ、そうケラケラと笑ってみせる。それからコンビニの前で倉持くんと談笑していると後輩らしき子達とわいわいしながら出てきた御幸が私を見て驚いた顔をする。けど、すぐ笑顔になって近くまで来て、なまえじゃんって笑ってくれた。

「じゃあ、私帰るよ」
「夜道に一人はあぶねーだろ」
「でもここまで一人で来たよ?」
「ここで俺らと会ったのに一人で帰らせたってバレたら亮さん達になんて言われると思う?」
「んー、でもなあ」

コンビニの前で少しだけおしゃべりをして。倉持くんと話しながらもチラチラと目が勝手に御幸を追ってしまう。パチリとぶつかった視線に慌てて、そういえば後輩さん?と倉持くんの隣にいた子に話をふると、見たことのない子が、ハイ!とものすごく元気のいい返事をする。それから自己紹介ついでにチョコレートをくれた。沢村栄純くんと言うらしい。あまりのインパクトに一回で名前を覚えた。とても面白い子だと思う。もう一人の子はすごく大人しくて、降谷暁です、と控えめに頭を下げてくれた。

「女性の一人歩きは危ないので!この沢村栄純がなまえ先輩をお送りいたしやす!」
「え、いやでも…」

ちらりと助けを求めるように倉持くんを見ると、倉持くんはそっと私から視線を逸らす。あれ、これは沢村くんに送ってもらえというフラグ、かな?目の前でキラキラと目を輝かせている沢村くんに、明日も朝早いんでしょ?そうやんわりとお断りの意志を示すけれどどうやら沢村くんには全く通じてないようで、全然大丈夫です!と何故か綺麗に敬礼している。

「いいのか御幸」
「んー、よくねーかなぁ」

ああもう。ここまで言われて断れるほど冷たい人間にはなれない。じゃあ、そう沢村くんにお願いしようと口を開くのと同時に、あー!御幸一也!なんて沢村くんの声がする。それとまったく同じタイミングで急に掴まれた右手。驚いてバッと顔を上げると御幸と目があって慌てて逸らす。火照っていく頬を悟られないように俯けば、御幸が笑ったような気がした。

「いーよ、俺が送ってくから」
「いいとこ取りか御幸一也!」
「だから俺先輩だって」

先帰って、俺こいつ送ってくるわ。聞こえた声に耳を疑う。嘘だ。こんな出来過ぎた話があっていいはずがない。疑う頭とは裏腹に心はどきどきと恐ろしいほど速く脈打っている。つまるところ嬉しくて仕方ないのだ。御幸と二人、それでなくともこんな夜道を並んで歩けるという事が。

「面白いね、沢村くん」
「馬鹿だけどな」
「えー?」
「いい男だよ、俺なんかより」

低めなトーンで紡がれた言葉がちくりと胸を刺す。なあにそれ。俺なんかよりって、それってさ。まるで、だから俺を諦めろみたいな言い方じゃない。繋がれた右手にぎゅっと力を込めると、どーしたのってさっきとは打って変わって明るい声が聞こえる。

「御幸だって、…いい男、だよ」
「なまえに言われると嬉しいんだけど」

暗がりでよくは見えないけれどきっと御幸は余裕そうな顔をしているに違いない。私がやっとの思いで絞り出した言葉は御幸にとってさほど心を動かされるものではない事ぐらい、わかっているから。

「なまえもいい女だよ」

俺が見てきた中で一番いい女だと思うし。そうサラッと言ってのけた御幸に言葉はでない。そんな事思ってないくせに。もう一度繋いだ手にぎゅっと力を込めるけれど、やっぱりというかその手を握り返してくれるはずはなくて。御幸と手を繋いで歩いてる。その事実は嬉しいはずなのにひどく苦しくて。続く沈黙を破ったのは、ついたなってこの幸せな二人だけの時間に終わりを告げるそんな御幸の声。

「送ってくれて、ありがと」

名残惜しくも繋いだその手を離そうとすると、さっき握り返してはくれなかった大きな手がまるで離れる事を拒むかのごとくぎゅっと強く私の手を握る。

「離したくない、って言ったらどうする?」
「み、ゆき」
「じょーだん。んな事言わねーって、なまえの事困らせたいわけじゃないし」

本当に冗談だったのだろう。驚くほどあっさりと離された右手に、イタイイタイと心臓が泣く。ねえ御幸。私知ってるんだよ。御幸がどこまでも優しい人だって事。それでいて、誰よりもどんな人よりもずるい、って事。

「ずるいね」
「え?」
「御幸は、ずるい」

私の気持ちなんか知ってるくせに。なのに、どうしてそんな中途半端な事をするの。私の事好きでもないくせに、優しくなんてしないで。中途半端な優しさで、送るなんて言ったり、手を繋いだり、そんな期待させるような事…しないでよ。

「ずるいよ、私の気持ち…知ってるくせに」

呟いた言葉は静かな闇に響いて、消えた。困ったように笑う御幸に息がつまる。どうしてそんな顔するの。ひとこと、たったひとこと「ごめん」ってそう言ってくれればそれでいいのに。そんな顔してほしいわけじゃないの。知ってるんでしょ、私が御幸の事を好きだって、ずっと前から気付いてたんでしょ。私の気持ちを知りながら、知らないふりを続ける御幸はとても、残酷だ。

「ちゃんと早く寝ろよ」

そう頭を撫でる手が優しすぎて胸が痛い。ほら、ずるい。私の言葉、ちゃんと聞こえてたくせに顔色ひとつも変えずにそうやって話を逸らす。皮肉にも私の気持ちを知ってから、御幸は前以上に優しくなったね。そんな優しさ、ほしくなんてなかったのに。好きなの御幸、あなたの事が。好きすぎて苦しいんだよ。このままじゃ自分がどうにかなってしまいそうで。いっそのこと嫌いだってそう言ってくれた方が楽になれるのに。

「おやすみ」

おでこに触れた唇から伝わってくる体温に視界が歪む。ちゅ、と控えめなリップ音と共に離れた御幸はぐしゃりと頭を撫でて来た道を帰っていく。そんなくちづけで中途半端に揺れる心はどうしたらいいの。眠れるはずなんて、ないじゃない。

「好きだよ、御幸…っ」

どうして泣いているんだろう。そんな事。わかっているのにわかりたくなんてない。きっとずっとこれからも、御幸が私の気持ちに答えてくれる事はないんだってわかっているから。夜道に消えていくその背中がどうしようもなく遠くて、こぼれる涙は止まる事を知らない。こんな辛いだけの片想い今すぐ投げ捨ててしまいたいのに。それでも私はいつまでも御幸、ただ一人を思い続けるのだろう。
▽▲▽

夜道をひとりゆっくりと歩く。浮かんでくるのは、私の気持ち知ってるくせに。そう泣きそうな声で言ったなまえだ。知ってる、わかってる。なまえが俺を好きだって事も、なまえが中途半端な態度を取る俺に心を痛めている事も。そんなのずっと前から気付いてた。

「…なまえ」

付き合えるものならば付き合たい。だけどそれは口にするほど簡単な事ではない。俺はなまえが好きで、なまえも俺が好き。じゃあ簡単な事だろ、そう言われてしまえば簡単なのかもしれないけれど難しいのはきっとその後。思い合っていても、それだけじゃダメなんだときっと強く思い知らされる日が来る。きっとどうしたって俺はなまえを悲しませるし、泣かせてしまうだろう。なぜ?そんなの見るより明らかだ。

「ごめんな」

どれだけなまえが好きだからと言って、もしなまえと野球を天秤に掛けなければいけない事があったら。俺は確実に野球を取るだろう。だったら、そうわかっているのなら。ごめん。そうひとことなまえに言って、突き放してしまえばいい。今のまま、中途半端になまえの気持ちを宙吊りにするのをやめろ。これ以上期待させるような事はしてはいけない。そんな事を何度も思うくせに、いざなまえを目の前にすると触れたくて触れたくてたまらなくて、気付けばなまえに期待させるような事をしてしまう。本当はわかってる。俺がなまえにごめんと言えない本当の理由は。

「好き、だ」

なまえが俺を好きでいるうちは絶対に誰のものにもならないとわかっているから。もし、もしもなまえが俺じゃない誰かのものになってしまったら。考えただけで吐き気がする。結局俺は情けない、ダメな奴なんだ。付き合えない、でも俺以外の奴なんて見ないでずっと俺だけを好きでいてほしい、だなんて。

「俺はなまえが、好きだよ」

ずるいずるいとなまえは俺に言う。でも本当にずるいのはなまえの方だ。なまえはいつだって俺の心をおかしくする。その、俺が好きでたまらないという目で、仕草で、微笑みで。言えない、言ってはいけない。どこにも吐き出す事など出来ない思いを胸にきっと俺はこれからも、曖昧な態度でなまえを苦しめ続けるのだろう。

言えないのはお互いさま
20141022

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