体調悪いんで帰りますと、全力で帰る支度をしてダッシュで店から出た。その間も竹中さんと目を合わせることはなかった。
一心で走りつづけた私はおおよそ体調が悪い人間に見えなかっただろう。この場を逃れたと言っても、私はまた明日あの店に行かなくてはならない。

「どうしよう…。」

本当にどうしよう。気まずさの絶頂だ。
せめて逃げ出さなければ、そんなこと無いですよ〜って軽く言えてれば、変わりない毎日を私は送っていれたのに。
それが、出来なかったなんて。
無意識に目をあわさないようにしていたと言うのもなかなかだが、私にはそれよりもショックだった。
明日どうしようとうなだれながら、とくに何も考えずに歩いていたら人の行き交う交差点に出てしまった。普通こういうとき人のいないところ行くだろ!馬鹿か私!
人を避けながら、たまたま目に付いた狭い路地に入った。
それが間違いだったとものの三秒で確信した。

「金吾ぉぉおおおおおお!!!!!!!!」

日の光にきらきら透ける髪を持った男が叫んだからだ。
鬼の形相で叫ぶ男は目の前の鍋を勢いよく鉄パイプで殴りつけた。
どう反応したら良いのか、何が正しい判断なのか分からずに私はその場に固まる。
なんだか、とんでもないところに来てしまったのは間違いがないようだ。
それに何だかあの髪の色はすごく誰かさんを思い出す。胃の中のオムライスがぐるぐると回った。

「うぇぇん!ごめんなさぁ〜い!!!!」

本格的に事件の香りがしてきたのは、男がひたすら殴り続ける鍋の下から泣き声が聞こえてきたときだった。
傷害事件なのだろうか、虐待の現場なんだろうか。
少年と思しき声の正体は鍋の下に隠れてしまって姿は見えない。
相変わらず、怒り狂った男は鍋をひたすらに、鉄パイプで殴り続けている。
何にしても私が此処にいるのは良く無さそうなので、私はそろりと後ろに後ずさった。
幸い、男は私に気付いていない。
此処からなら走って交番まで行ける距離だ。
三歩後ずさって、走り出すつもりで、男に背を向けた。

「やれ、逃げずともよかろ。」

後ろから話しかけられて、飛び上がった私は鉄パイプが鍋を殴る音を聞きながら、脱兎のごとく逃げ出した。本日二回目の全力疾走である。
レストランから走ったときはこんなに速く走れなかったのに、命を危険を感じたら人間どこまでも速く走れるものだ。私は自分の足がこんなに速く動くことを知らなかった。
そして、いつもの習慣をこれほどまでに憎んだことは無かった。

「随分と元気そうだね。」

色々思い出したのは、竹中さんの声を聞いてからだ。
体調不良で帰宅した私に対する嫌みは忘れはしないが、汗だくで息絶え絶えな私を見て竹中さんは少し驚いたようである。

「何かあったのかい?」

「いや、その、鉄パイプが鍋を……。」

なんと説明したらいいのか分からない。
鉄パイプで鍋を殴ってる男に会って逃げてきました?
だめだ。鼻で笑われる。
もっとことの重大性を伝えるにはどうすれば…。

「女ぁぁああああ!!!!!!!!」

レストランの扉がぶっ飛ぶんじゃないかと思うくらいの勢いで、扉が勢いよく開いたものだから、私の汗が冷や汗に一気に変わった。
まさか、そんな嘘だ。
殺されるんじゃないかと思うくらい怖い顔をした男が鉄パイプ片手にそこに立っていた。
何より大変なのは先ほどまでの殺気が私に向いているということだ。私何したよ?

「た、竹中さん…。」

どうしよう、と竹中さんを見れば、竹中さんは物怖じせずに、ずんずんと男に近付く。
竹中さんが怖がってるところなんか見たことは無いけど、それでもこの状況はなかなか怖いぞ。竹中さんが殴られるんじゃないかと冷や冷やしていたら、男の手から鉄パイプが落ちた。

「半兵衛様…!!!!」

片膝を着いて忍者みたいなポーズをした、その人はとてもさっきと同一人物だと思えなかった。

「よく来たね、三成くん。」

多分、状況が分かってないのは私だけだ。




レストラン・タケナカにようこそ!





「名くん、君も座りたまえ。」



 

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