「これ、半兵衛さんに渡してください…!」
きゅるんきゅるんの可愛い今時の女の子。
ふわりふわりと髪とスカートを揺らして差し出された紙袋と手紙に私はぶったまげた。
「う、うちのオーナーシェフの白髪の竹中半兵衛にですか。何かの間違いじゃ…。」
「その竹中半兵衛さんです!」
私と竹中さんが付き合ってるのかと聞かれて、そんな馬鹿なと答えたらこの結末である。
私は竹中さんが良いのは顔と料理の腕だけだと、ここでこの子の夢を打ち砕くべきなのだろうか。
でもそれはあまりに酷な気がする。相手は可愛い女の子だ。あんまり傷つけたくはない。
私が悩んでいる間に彼女は私に紙袋を押し付けて立ち去ってしまった。
断りきれなかった。困った。
「竹中さん、お暇ですか。」
「今の僕が暇に見えるならその目玉は一体何のためについているんだい?
スープのだしも取れないんだからいっそ捨ててしまうべきだよ。」
「そんなグロテスクなこと言わないで下さい。」
明日の為のスープを煮込む竹中さんに声をかけたのはまずかったらしい。いつになく刺々しい返答が返ってきた。
「………何かあるのかい?」
「あー、まぁはい。」
「煮え切らない返事だね。君らしくもない。」
「そうですか?」
「あぁ、今日は心ここに非ずじゃないか。」
竹中さんに指摘されて、振り返れば確かにいつもはしないような小さなミスをたくさんしている気がする。
考えれば、調理中の竹中さんにだって話し掛けたりする訳がなかった。
私ってば、おかしい。
「竹中さんって、彼女いたりしませんよね?」
「……いきなり、何だい。」
「いやぁ、何と言いますかね。私にも色々あるんですよ。」
例えば私の手の中にある紙袋とか。
何で私は半日もかけて悩んでるんだ。馬鹿馬鹿しい。
別に渡してしまえば全て済む話じゃないか。
「…今日の昼休み呼び出されましてね。」
「誰に?」
何か竹中さんに刺々しさが帰ってきたんだが、何でだ。
「なんかこう、ふわふわきゅるきゅるした可愛い女の子です。
竹中さん知ってます?」
「表現が擬音しかないのに判別しろと言う方が難しいだろう。」
「うーん、まぁ、とりあえず可愛い女の子に呼び出されまして、これを」
「なんだい、それ。」
「竹中さんに渡して欲しいと頼まれたので、私はお使いです。」
「……………。」
心底嫌そうな顔した竹中さんに無理矢理紙袋を掴ませた。
「…君の嫌がらせじゃないだろうね?」
「慶次さんじゃあるまいし、私がそんな手の込んだ悪戯する訳ないじゃないてずか。」
「そうだね。」
竹中さんはそう言って、紙袋から手紙を取り出して封を切った。
静かに竹中さんの目線が紙面を動き、3枚に渡る長い手紙を、1枚目の手紙の半分いったところで読むのを放棄した。
なんて酷い奴なんだ。この男は。
「読みにくくってかなわないよ。」
「まぁ、すごい丸文字ですけど、頑張りましょうよ。ラブレターなんでしょ。」
「嫌だよ。どうして僕が知りもしない人間の為に時間を割いて、難解な文章を解読しなきゃならないんだ。」
「すっごい言いようですけど、ただの丸文字ですからね。」
すこぶるご機嫌斜めな竹中さんは私に手紙と紙袋を押し付けた。
おいおい、これじゃまた振り出しじゃないか。
「読みたいなら君が読めば良い。あとそれも君にあげる。」
紙袋の中身はどうやら手作りのクッキーのようだ。
やることも可愛いなあの子。少しは私も見習いたい。
しかし、そんな可愛いらしい演出も全て踏みにじるのが、私の目の前の男である。
「食べないんですか。」
「知らない人間が作った物なんか気味が悪いじゃないか。」
「気味悪いってあんた…。」
「文句でも?」
「竹中さんには、誠意ってものが無いんですか。」
「どうせ、僕は彼女に取り合わないし、会うつもりもない。ましてや付き合う気もない。
変に優しくして気を持たせる方が僕はどうかと思うけどね。」
「女の子の気持ちを踏みにじるのは、男として最低ですよ。」
「……君は僕の気持ちを散々踏みにじるくせにね。」
「何で私が出てくるんですか。」
「さあ?無い頭で考えてごらん。」
竹中さんは機嫌が最悪どころか、どうやら怒っているらしい。何で。
まったく渡したら渡したでこれだ。私はどうしたら良かったんだ。
「断るにしろ、はっきりしないと女の子を怒らせると怖いですよ。」
「どうして、こんなことを僕が言うと思う?」
私が忠告してあげたら意味が分からない質問を投げかけてきた。
「何がですか。」
「君が絶賛するその女に会っても無駄だと僕が言うか分かるかい?」
「そんなこと知りませんよ。」
どうせこんな感じで、たくさんの女の子を泣かせてきたであろう竹中さんの気持ちが、私に分かるはずが無い。
「好きな女以外に興味が沸かないからだよ。」
「へ、へえ………。」
何だどうした竹中さんが好きな女とか言うなんて。
今日の竹中さんはなんか気持ち悪いぞ。
ていうか、普通に女の子好きだったんだ、竹中さん。
「竹中さんに好きな人とかいたんですね…。」
「僕も人の子だからね。」
しれっと言った竹中さんはそれ以上何を言うこともなく、スープの仕上げにかかった。
思い切り流されたけど、私はこの紙袋をどうしたら良いのだろうか。
気を重くしながら、私はため息を吐いた。
「まぁ、せいぜい僕の為に殴られてくれたまえ。」
「お前マジ殴るぞ。」
レストラン・タケナカへようこそ!
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