定休日が無いレストラン・タケナカで働いている限り、私に休みはほとんど無い。
だから、たまにある今日みたいな臨時の休業日には私は羽を伸ばすと決めている。
どうせあの竹中さんだ。
明日は無理にでも厨房に立つだろう。
開店してから倒れられたら困るからまた午前中だけの営業にするように、説得しなくてはならない。
つくづく手のかかる人だ。

パーっと普段使えないお金を使っちゃおう。
即決した私は、ショッピングモールに向かおうと、進路を変えた。



「名、」



そんな私を引き止めたのは黒塗りの長い車…所謂リムジンに乗った豊臣さんだった。
私が軽く頭を下げたら、豊臣さんは窓からこちらへ来いと手招きしている。
何だってんだ。それにしてもこんな時間に社長さんがうろついてて良いのか。



「半兵衛はどうした。」

「多分寝てると思います。」

「多分?」

「はい。今は慶次さんが着いてます。多分。」



竹中さんが慶次さんを追い出して無かったらの話だけど、まあ今の竹中さんにそんな力は無いだろう。
豊臣さんは短く唸って、車から出てきた。
相変わらず大きな人だ。



「半兵衛は分かりにくい奴だ。」

「…はい?」



私を見下ろした豊臣さんが言う。
私にすれば豊臣さんの方がよく分からないのですが、どうしたら良いんだ。



「内をなかなか表面に出さん。」

「はぁ…、まぁ確かに……。」

「お前に理不尽な態度も取るだろうな。」



態度もっていうか理不尽な態度しか取られてませんからね、私。
しかしどうしたって豊臣さんはきっと竹中さんの肩をもつだろうから私は黙っていた。



「半兵衛が怒らせたか。」

「…………。」



言われて考える。
竹中さんが憎たらしくて腹立たしいのはいつものことだ。
でも、私は本気で怒ってる訳じゃないんだ。怒ってない訳じゃないけど。
いつもサービス看病してるってのに、お礼を言うどころか嫌味しか言わない奴に怒るなと言う方が無理な話だろう。
でも、喜ばれもしないことを恩着せがましくするのは、親切でも増してやサービスでもない。
ただの迷惑だ。



「…いつものことですから。」

だからって私が悪いだなんて思わないけどな!
いつもその何倍も迷惑かけられてる。そして、悲しくもそれに慣れてしまった自分がいるのだ。



「…慶次が我に電話を寄越した。
半兵衛が言うことを聞かんと言ってな。
名、お前の言うことなら聞くだろう。」



そう言いながら、豊臣さんがリムジンの扉を開けた。



「殴ってでも安静にさせます。
明日は店も開店しますので、是非お越しくださいませ。」



私はウエイトレスらしく頭を下げてから、リムジンに乗り込んだ。

絶対に帰ったら一発殴る。



「そうだ、豊臣さん。」

「何だ?」

「竹中さんって男色なんですか?」

「だっ、何故そう思う?」

「もう数年勤めてるのに、女性の影が全く見えないからです。」
「……………違うだろう。」



何だか少し遠い目をした豊臣さんと謎が解決しない私を乗せたリムジンがレストラン・タケナカに到着した。



「名ちゃん…!!
流石秀吉やるときゃやるねぇ!」

「竹中さんは?」



店前待っていた慶次さんが何故か無性に腹が立ったが、これは全てあの人にぶつけるとにして私は竹中さんの居場所を聞いた。
すると慶次さんは笑いながら部屋にいると言う。何笑ってんだこの野郎。

私は正面入口から店内に入り、キッチン奥の階段まで早足で進んだ。目の前の扉をおもいっきり蹴飛ばして、竹中さんが寝ているであろう部屋の前で立ち止まった。



「煩いよ。」



張本人がふらふらしながら、斜め向かいの応接室から出てきた。



「何で寝てないんですか。」

「読みたい本が見つからなくてね。」

「シャーロックホームズなら寝室の本棚のファイルの後ろです。」

「…そうだったかな。」



私の前に立った竹中さんが、眉をひそめた。



「邪魔だよ。」

「体温計は事務所の引き出しですよ。」

「…そう。」

「竹中さん、私はすごく怒ってます。」



ちょっと睨んでみたら、竹中さんはとろんとした焦点が合ってなさそうな目で私を見下ろした。



「心配をかけないでください。」

竹中さんは黙ったまま、素直にこくりと頷いた。
それを見届けた私は竹中さんを寝室のベッドに押し込め、毛布と布団をかけて、本棚からシャーロックホームズを出してやった。



「ありがとう……。」



蚊が鳴くような声が聞こえたような気がする。



「水ですか?」

「あの粥、味がしなかったよ。」



それだけ言って壁の方を向いた竹中さんは静かに寝息をたて始めた。
やっぱり疲れていたんじゃないか。そんな状態でよくまぁうろつけたものだ。

空っぽになった小さな土鍋をサイドテーブルに見付けて、私はそれを持って部屋を退散することにした。



「あれ、お粥食べたの…?」



何だかぐるぐるした気分の中で、私は土鍋を洗いながら呟いた。



レストラン・タケナカへようこそ!



「いらっしゃいませ、豊臣さん。」

「半兵衛は良いのか。」

「今日は昼まで営業で、明日からは一週間の休暇です。」

「そうか。」

「従業員の分際で何を勝手に言ってるんだい。そんなに減給されたいのか君は。」

「しつこいですよ、竹中さん。明らかに過労でしょうよ!」

「やあ、秀吉。ようこそ僕の店へ。
うちのメスゴリラが煩くてすまない。」

「やっぱり殴らせて下さい。竹中さん。」

 

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