一言謝れたらどんなに良かっただろうか。
未熟だった。幼かった。
そんなことはただの言い訳にしかならない。
きっと、嫌われただろう。
一番嫌われたくなかったはずなのに。
「弁丸様、」
懐かしい声だと思った。
誰だかは分からなかった。でも涙が出るかと思うくらい懐かしかった。
「弁丸様、」
俺は目をゆっくり開けた。
頬に当たる風が冷たい。襖は全て閉めたはずなのに。
ぼんやりした意識の中で捕らえたのは半透明の女だった。
俺は驚くこともなく起き上がる。
「名……?」
「はい。名は此処に。」
会いたかったと言うのは、我が儘だ。
突き放したのは未熟で幼かった俺だ。
どうしたら良いのか分からない。
「名、」
「はい、弁丸様。」
「名…」
「はい、弁丸様。」
どうして、名は変わらずに笑っているのであろうか。
「俺は言い訳はせん……。名を、突き放したのは、本心では無かった。今更、信じろとは言わん、でも……」
聞いて欲しい。
「名が弁丸様を信じなかったことはありませぬ。おっしゃいませ、私は聞いていますから。」
「………………………怖かったのだ、人を殺した名が、何故生きている者を殺さねばならぬのか分からなかった。」
愚かしいことだ。
名が血を浴びるのは自分のせいだとも知らずに、恐ろしいと狂っていると思った。
そんな負の感情を抱いていても、俺に優しく、いつも笑っている名の側は離れられなかった。
もう会いたくないと佐助にもらしながらも、いつ帰ってくるか心配で、不安だった。
「俺は許せなどと、言うつもりは無い。」
「…………。」
「すまなかった。」
布団の中で半透明な忍に土下座をするなんて、滑稽なことだ。
「頭をお上げ下さい、弁丸様。私は怒っていませんし、弁丸様を恨んだり、嫌いになったりしていません。」
「名…、」
「私は忍。優しい主を持てたことを誇りに思いまする。」
今度は名が頭を下げた。
止めようとしたが、肩を通り抜けてしまった。
「十三年も名を忘れないでいてくれて、ありがとうございます。」
それは俺が見た名の初めての涙だ。
「………佐助、」
「佐助?」
「佐助がそなたの後任になった。忍頭だ。」
「まぁ、本当に。昔、冗談で頭になると言ってました。でも本当に…。」
名が懐かしむように笑って、目尻に光る雫を拭いた。
「俺も元服した。」
「まぁ、弁丸様が。それは遅ばせながらお喜び申し上げます。」
名が頭を下げた。
なんと言うか、昔は大きな人だったのに、随分小さくなってしまった。
怒られたり、諌められたり、慰められたりしていたせいか、何処かむず痒い。
「頭を上げてくれ。名。」
「はい、弁丸様。」
名にはいつまでも俺は小さな子供に見えるのだろう。
昔と変わらない笑顔で名は返事をする。
「俺は、もう弁丸じゃない。」
「これは申し訳ございません。」
「源次郎幸村だ。」
「申し訳ございません、源次郎様。」
名が笑った。
「源次郎様、もう時間です。」
「そうか。」
「もう一度会えて嬉しかったです。」
「……俺もだ。」
名が少しずつ薄くなっていった。
「本当に、立派になられましたね。」
そう言って笑顔のまま消えていった名は、あの時と本当に変わらないのだ。
俺の頬に久方ぶりの雫が伝った。
女神の讃嘆
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