私は忍。
主のためならば槍となり矛となり脚となり手となって、ただの道具と変わらぬそれになりましょう。
優しい主が泣かないように、この身を自ら血に染めましょう。
だいたいの屋敷の地図は把握した。
それにしても馬鹿みたいに広くて、馬鹿みたいに人の多い屋敷だ。
いや、きっと人が多いのは私が捕らえたねずみの失態を知ってのことだろう。
どうやら同業者も少なくは無いらしい。
私でも見付かれば無事には帰れまい。
これだから、年寄りは用心深くて敵わない。

風が冷たく頬を撫でる。
今宵は星が見えない真っ暗だ。
弁丸様はご無事だろうか。弁丸様は暗闇が嫌いだ。
もし泣いていたら………佐助はあんな口をきいていたが元来世話焼きな子だ。
泣いている主を放ってはいれないだろう。
大丈夫、大丈夫、何も心配などない。

心配なら首を刈って早く帰れば良い。


………………人を殺したと言えば、弁丸様は泣くだろうか。

優しい主、なんて建前だ。
本当はまだ無力な幼子なのに。
誰かが側にいてやらないといけないのだ。
……誰が?私が?あんな幼子を真っ赤な私が抱きしめて良かったのだろうか。

私は、

考えるのを止めた。
屋根からそっと降り、目的の城主の元へ向かった。
昔から真田と因縁のある家だ。
今の頭首は若いと聞く。
まだ子も残していないならば、その血を絶やすことなど容易だ。
あとは足腰弱った年寄りしかいない。

「真田忍隊忍頭名参る。」

私は手始めに、白髪の爺さんの首を掻き切った。
誰もまだ気付きはしない。
悲鳴などあげさせるはずがない。
それから一人、二人、三人、四人…しまいには数えきれなくなってしまったが、要人は全て息の根を止めた。
そろそろ同業者たちが私に気付く。
あとは現頭首のみ。

私が襖をそっと開けた。
その瞬間、私の視界を煙幕が奪う。
嵌められた。
ここに頭首はいない。

あちらこちらから飛んでくる苦無や短刀を避けて部屋を出た。
私の後を追う同業者が目の端に映る。
影分身は得意だ。

私は印を結び、分身を出した。
分身には八の方向に散らせて、私は追って来た同業者に化けた。

後は簡単なことだ。

「曲者だ!!!出合え出合え!!!!」

「殿が!!!!老中様も御亡くなりに!!!!」

「若様はご無事か!!?若様だけはなんとしても!!!!!」

「若様は奥の間に!!」

「こっちも御臨終なさってますわ!!!」

「ええい!使えぬ忍共め!!!」

城の中は酷い混乱状態だった。
騒ぎの張本人が言うのもあれだが滑稽極まりない。
私は若と呼ばれる人物の無事をしきりに確認していた一人の武士に着いて行った。

「若様ご無事ですか!!!」

襖が開かれ、男越しに見えたのはまだ八つほどの小さな男児だった。
弁丸様より少し大きいくらいか。
寝ていたのに騒ぎで起こされたためにいまいち意識がはっきりしていないようだった。
回りの女房たちが怯えて、若い城主を抱えていた。

「若様、私が護ります!ご安心を!!」

男が刀を抜き、城主に断言した。
きっとこの男は強い。
ならばと気付かれる前に私は苦無と短刀を手にした。

「く…!」

切り掛かって弾かれたのはいつぶりだろうか。少し驚いた。

「気付かぬと思ったか!貴様!」

「……そりゃあ、失礼。それより自分の身より大切なものがあったんじゃないかい?」

「何を…!?」

男がはっとして振り返った先には無数の苦無を小さな身体に刺して、びくりびくりと震えてもう息も絶え絶えな城主の姿だった。
女たちが悲鳴を上げて、いっそう怯える。

「申し訳ない。貴殿の主を楽に逝かせてやれなかった。」

男は私を睨みつけた。
この男を殺すのは何処か躊躇われる。

「貴殿は楽に逝かせてやるよ。」

殺さない訳にはいかないが。

「哀れみと敬愛を込めて。」

私は斬り掛かってきた男の首を落とした。

私が城主に近寄れば女たちは死体を放って逃げ出す。薄情なことだ。
小さな城主の首を切り落として、風呂敷に包む。
そこで私の足がふらついた。
怪我は無い。何故……?
私はあまり考えずに帰路に着いた。





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