さてはて、困ったことだ。
ぼんやりと頭を働かせて大きな子供について考える。
私は何をしたわけではない。ただ少し外の天気が良くて、少し私は退屈で、少し外に出ていただけだ。

「鬼が私を探していると。」

顔を真っ青にした女中が私に早急に部屋に戻れと言ってきたときから、これはただならぬ何かあると思っていた。
まさか、あの人が予定よりも三月も早く帰ってくるなど考えもしなかった。
しかし、まあ、裸足で部屋を抜け出してしまった私も悪い。しかし、素直に鬼の手に落ちてやるほど、私とて愚かな女ではあるまいて。

「お願いします!名様!」

「まぁ、あの人も疲れているでしょうからね、直に落ち着くでしょう。」

「そんな事は有り得ません!!!!!処刑が始まります!!」

目を見開いた女中は私にお願いというよりは脅しに近い台詞を吐いた。
いや、しかし、私も簡単に折れるわけにはいかない。こんな日も、もう無いのかもしれないのだから。

「分かりました。後ほど顔を出すとあの人にお伝えなさい。」

「それでは私が殺されます!!!!!」

女中はもう泣いていた。あら、悪いことを言ってしまったかしら。

「…私が部屋に戻れば良いのですね。」

「はい!!!」

元気のよい返事だこと。
私は渋々部屋に戻ろうと振り返った。

そして、目があってしまった。

「名!!!!!!!!!!」

怖い怖い!!私はあまり死の恐怖というのは考えないようにしてはいるのだけど、この時ばかりは本当に死ぬかと思った。
思わず、反対方向へ走り出してしまったのだけれど、それがまずかったらしく、鬼が走る速度を倍にしてきたので、大人しく捕まることにした。止まれば、きっと許される、はず。

「貴様ぁあ!!」

「はいはい、お帰りなさいませ。お元気そうで何よりです。」

「何故、私の許可無く部屋を出た!!!!!」

「耳が痛いです。叫ばないで下さいな。」

耳を塞いで見せたら、手首をがっしり掴まれて、耳から引っ剥がされた。力加減などほとんどしたことが無いのだろう。痛い。

「私は刀ではありませんのでそんなに力を入れずとも貴方から離れることはありせんよ。」

「そんなことは分かっている!!!!!」

「あらやだ、照れますわ。」

茶化してみたが、そんなことにはかけらも構わない。

「私の、問いに答えろ!!!名!!!!!」

「挨拶をしておりました。」

「何…。」

「長い梅雨です。せっかく顔を出した日輪にもお別れをと思いまして。」

私が言えば、手首を掴まれる力が弱まった。崩れるように、腕を下ろした大きな子供は私の目も見ずに俯いた。

「薬師に刃を向けるのはお門違いです。私が治らないのは薬のせいではないのですから。貴方、また性懲りもなく、薬師を探しているらしいではないですか。」

私はもう長く貴方の側にはこの体を置けない。それでも、貴方は生きていかねばならない。
貴方のすべては私ではないけれど、私のすべては貴方なのだから。

「貴方は強く生きねばなりませぬ。」

それが、私の何よりの手向けになる。
たとえ死を迎え入れるその日が貴方に来たとしても、貴方は最期まで折れずにいなければならない。

「貴方は石田三成様なのですから。」

折れることのない貴方が私は誇らしい。
頭を上げた貴方の瞳に暗闇は見えない。

「……戯れ言はそれで終わりか。」

「妻の遺言を戯れ言呼ばわりなんてしていたら、この先どの女子も嫁に来てくれませんよ。」

私のような女はもう他にいないのだから。

「下らん。貴様は諦めるのか。」

「いいえ、受け入れたのでございます。」

「ほざけ、秀吉様の天下を見ずに貴様が死ぬはずがない。」

きっぱりと、そう言った。

「秀吉様は天下を創る!!私はそのために生きる!貴様は私のために生きろ!」

いつか、聞いたことのある台詞だ。何処で聞いたのかと思い巡らせば、忘れるはずもないあの日。

「私が嫁いだ日にも同じ事を仰いましたね。私達は始めから仲むつまじいとは言い難い夫婦でございましたが、貴方は本当に…。」

「諦めることは私が許さない!!!」

「話を聞かないのも変わらずですよ。」

ギラリと私を見る目が嫌い。
まるで、本当にまだ生きていけるような気がしてしまうから、お願い。私に未練を残させるような真似はしないで。
私はまだ、貴方と同じところから世界を見ていたい。

「三成様…、」

でも、叶わないの。足が、腕が、頭が、動かし辛くなっている。体はもう死を迎える支度をしている。

「お前は死なない。」

私はまた貴方の言葉にすがろうとしているの。


願 っ て も な い 絶 望



(title by 告別)

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