ぼんやりと空を眺めるのが好きだ。
山の麓からだって屋根の上からだって、空はいつでも遠い。届かないからこそ太陽は暖かいし、月は眩しくないのだ。
どんなに地上が汚れようと、私が真っ赤に染まろうと上を見上げれば届かない空がある。何もかも忘れて良いような気さえする。
そんな空を横切る影がひとつ。あまりにも素早過ぎて見間違いかと思ったが間違いはない。あれは我が上司の風魔殿だろう。

「よくまあ働くわ。」

我等が主の氏政様はお年のわりに元気ではいらっしゃるが、どうにも頼りない部分がある。しかも忍の扱いがどうにも妙だ。随分と忍をあてにしてるらしく、忍が倒れたら血の気を引かせて怯える。一命を取り留めた忍を処分しようとはしない。弱い忍だからと切り捨てられたという話も全く聞かない。
まあ、風魔殿があんまりにも強すぎるから、きっと皆が皆あんな出来た忍だと思い込んでいるのかもしれない。忍とて生物である以上は性格に差が出るのに。
例えば、風魔殿のように何も語らず、どんなにくだらないお使いのような任務でも遂行する糞真面目な忍の鏡のような忍もいれば、私みたいな何も考えず、ぼんやり空ばかり眺めて大きな任務意外は働こうとしない忍だっている。
私に忠義が無い訳ではない。私だってそこそこ氏政様を気に入っている。戦人にこそあまり向いてはいないかもしれないが、城主としてはそれなりに良い城主だろう。そうでなければ、あんな凄腕の伝説だなんて呼ばれる忍が従うはずがない。しかも風魔殿は古株だ。今更他軍に寝返るなんてこともないだろう。報酬はほぼ受け取りを拒否すると聞いたことがあるから、金につられるような輩でも無いし。

そんな無駄なことばかり思い馳せていたら、隣で瓦を踏む音が聞こえた。
こんな屋根の上に来るのは忍以外にありえない。

「見つかっちゃった。」

「…………。」

無言の上司は私を見下ろした。この伝説の忍が私みたいな下っ端に感情を読ませてくれるはずもなく、ただ私の隣で静かに立っているだけだった。
そういえば私はこの人が座ってるところをあんまり見たことが無い。
反対に言えばこの人は私が立っているのをあんまり見たことは無いだろうけど。
私はゆっくり起き上がった。

「私の見回り担当は晩ですから、昼間は休ませて下さいよ。緊急時になったら駆け付けますよ、もちろん。」

言い訳がましく私はそう言うが返事はいつだってこない。この人と話しているとどうにも独り言を延々と言っている気分になるからあんまり楽しくない。せめて相槌くらい打ってくれりゃあいいのに。
私は風魔殿から視線を外して、空を眺める。ああ、空は遠い。

「風魔!!!何処じゃ風魔!!!」

氏政様の叫び声が聞こえて隣の影が動く瞬間に私は言った。

「簡単なお使いくらいなら、私行きますから言ってくれて良いんですよ。」

五感が鋭い上司のことだ。きっと聞こえていたのだろうけど、それからも私がお使いを頼まれることは無かった。
だからきっと、今日も空を横切る私の優秀な上司はお使いから暗殺まで一人で難無くこなしているのだろう。
ああ、今日も空は遠いや。





暇 人 部 下



多 忙 な 上 司

(title by 虫喰い)

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