海岸の入り組んだところに小さな洞窟があった。
そこは入口に縄が張られ、札が貼られていた。
世話役に聞けば、遠い昔に山から下りてきた鬼を閉じ込めているのだと教えてくれた。
その鬼は人を頭からひとのみしてしまうと言う。それはとても想像が出来ず、俺は恐怖をいまいち感じることが出来なかった。
その頃の俺は夜の浜辺を歩くのが好きだった。
誰もおらず、静かな波の音を聞きながらふらりふらりとうろつくのだ。
もし世話役にでも見付かろうものなら、こっぴどく叱られただろう。
俺は城の皆が寝静まった暗闇の中を、行灯の消えそうな光を頼りに海を目指した。
確か、その日の晩もそうだった。
俺は寝静まった城を抜け出しいつものように、浜辺を歩いていた。
そして、無心のままに進んだ結果、あの海岸が入り組んだ先の洞窟にたどり着いてしまった。
奥が深く、行灯の明かりではとても奥までは見えない。
ただ闇が口を開けてそこにいた。
俺はそのとき好奇心でいっぱいだった。人をひとのみにしてしまうような鬼とは一体何尺あるのだろう。
しばらくその場で見えない闇を見つめていた。
すると、どうだ。
潮風に乗って女の声が微かに聞こえた。その声に誘われるように俺はかけられた縄をくぐった。

奥に近づけば近づくほどに声ははっきりと聞こえ、聞いたことが無いような歌を繰り返しているのだとはっきり分かった。

この奥に、鬼がいる。

そう確信した俺は無心に歩みを進めた。

「こんばんは。」

現れたのは一言で表現するならば白い女だった。
巨大な鬼がいると思っていた俺は拍子抜けし、それと同時にがっかりした。
鬼なんかいやしないじゃないか。

女は目に見えて肩を落とした俺に笑いかけた。
どうして、あなたはそんな風に笑うのだと尋ねたら、月が綺麗だからとまるで白魚のように白い手で俺の頭を撫でながら笑っていた。
この暗い洞窟では月なんか見えはしない。

「月…?」

「私が見たときは綺麗だったの。」

「…あなたはずっと一人で此処にいるの?」

幼い俺がそう問えば、女は静かに頷いた。
何故だと俺は尋ねる。

「みんな、私が嫌いなのよ。」

女は笑いながらそう言った。
それが堪らなくて、女の顔を見ていられなくなった俺はうつむいた。

「私も、皆から嫌われている。」

「どうして?」

「……私が男らしくないから。」
男なのに、男のくせに、耳にたこが出来るくらい吐かれた台詞だ。嫌気がさす。
人となんか会いたくない。
一人でいるほうが良い。
一人でいたほうが、

「寂しいの?私と同じね。」

静かに涙を流した俺に女は静かに笑った。
同じな訳があるはずがない。こんな風に笑う術を俺は知らない。
女は私は静かな夜の海の声を聞きながら、俺にまた笑いかけた。

「鬼の話は知ってる?」

「うん。人をひとのみするって。この洞窟に閉じ込めてるって言っ、てた…。」

「そっか…。」

女は笑っていた。
そうだ。鬼はこの洞窟に閉じ込められている。

どうして、このひとはこんなところにいるんだろう?

幼い俺の頭でその答えを弾き出すまでには少し時間が必要だった。

「あなたは、だれ…?」

女の口はとても小さい。
人どころか魚一匹すら飲み込むなんて出来ないだろう。

「昔はお友達がいたのよ。」

まるで検討違いな話を始めた女はじっと見えない洞穴の出口を見詰めていた。

「私のこと好きだって言ってくれた、優しい優しいお友達…。私も大好きだったわ、今も昔も。」

「………そのお友達はどうしたの?」

俺の声は震えていた。
女から無意識に離れようとしていた。そんな俺を見て、女は変わらず笑ったのだ。

「私がヒトじゃないから、嫌いになったって。」

意味がすぐには分からなくて、理解した時には女はもう俺の腕を掴んで、歩き出していた。

「は、離せ…!!」

「君は一人じゃない。」

「え?」

波の音が耳に届いた。
懐かしくてまた泣いてしまいそうだった。

「弥三郎様ー!!!!」

縄の向こうから世話役の声が聞こえた。
俺がそちらに目を向けると、女は手を離してそっと俺の背中を押した。

「しあわせね。」

最後に聞いた女の声は泣いていたような気がする。





鬼 が 出 る か 蛇 が 出 る か






今、再びこの縄をくぐろうかと思う。
もう俺を止めるような世話役もいない。例え襲い掛かって来ようと返り討ちにする自信だってある。
こんな暗く何もないところで、長い間人が生きれる訳がない。
もしも、あれが鬼じゃなければ、罪人だったのかそれとも贄か……そんな風習は聞いたことがないが、遠い昔のことだ。何があったかなんか分かりやしない。

月明かりも届かない真っ暗な洞窟の奥へと進めば進むほど、昔のことが鮮明に思い出される。
暗闇の中で、あの女は一人で一体何を考えていたのだろう。



そして、見付けた。

「こんばんは。」

女は何一つ変わらずそこにいた。

「久しぶりだな。」

「……どうして、また?」

少し考えてから、俺の顔をまじまじと見て女は聞いた。

「アンタは寂しいんだろ。」

「そうね。」

「俺は寂しくなくなった。でも、それじゃ不公平だ。」

「…どういう意味?」

「アンタに月を見せてやるって言ってんだよ。今日は満月だ。」

女が穏やかに笑った。

「素敵ね。」

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