よくないこととは分かっていた。でも、決めるのは私の心であって、私の脳みそじゃない。
人の目を気にすることがあるなら、それは相手を思ってのことで、自分のためじゃない。
でも、きっと辛い思いをさせてしまうだろう。悲しい顔はさせたくない。笑っていて欲しい。その笑顔を独り占めにしたいだなんて願わない。
ただ、笑って欲しい。
私はきっと欲深の醜い女なのだろう。

「お兄ちゃん、」

「名、おいで!」

こっちにおいでと手招きしてくれるお兄ちゃんの手が好きだった。
慰めてくれるときにお兄ちゃんに頭を撫でてもらうのが好きだった。
褒めてくれるときに抱きしめてくれるお兄ちゃんが大好きだった。

私はお兄ちゃんが好きだった。

私は盆に乗ったお茶を持って、お兄ちゃんの隣に座った。

「いやぁ、まつ姉ちゃんには驚いたよ。まさか、京まで来るなんてさ。」

「お兄ちゃんが家を出る度にまつ姉ちゃんも利兄ちゃんも、うちをあけるから兵の人が困ってるよ。」

「別に消えやしないよ。名からも言っといてくれると助かるんだけど。」

眉を八の字に下げたお兄ちゃんは湯呑みを持ち上げた。
私はそんなお兄ちゃんを盗み見てから、広い庭を見つめる。

「私も、行って欲しくないなあ。」

いつも家にいないお兄ちゃんが帰ってくるのを待つのは別に苦にはならない。
帰ってくるのが分かっているから。
でも、お兄ちゃんが帰ってくるたびに自分の思いを痛いくらいに思い知るのだ。

それはとても辛くていつも泣きたくなる。

「んー、まだ一カ所に留まれないからなあ…。
あ、でも名が祝言あげるってんならすぐにでも帰ってくるからな!!」

にかりと笑った笑顔が嬉しくて、私は笑った。
喜んでくれるなら、それでも構わないかもしれない。
どうせ、私はお兄ちゃんの妹である。

「ありがとう。」

「え!何も泣くことないだろ…!」

悲しくて泣いてる訳じゃないよと言いたかったのに、漏れて出るのは嗚咽だけだった。私はとても幸せ者だ。とても、とても。

「ごめんなさい。」

絞り出した謝罪は一体何にむけてのものだったのだろう。
お兄ちゃんの困った顔がぼやけた視界ごしに見えた。





届きそうで届くはずがない距離を愛す






私はあなたの妹でありつづけよう。
だから、あなたは笑っていて。

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