「あう。」

「………また来たのか。」

やっと床を這うことが出来るようになった名は、気付けばしょっちゅう母の目を盗み、乳母の腕をかいくぐって元就の前に現れたのだった。

「うー。」

訪れる名に構わずに、元就は書状を書く作業に戻った。
初めこそ小さな名から目を離すのには抵抗があったが、名はずっと元就の周りで一人遊びをしてるだけなので大丈夫だろうと元就は判断したのだった。
直に乳母が迎えに来るだろう。

「むうー。」

「…一人で遊んでいろ。」

「やー!」

どうやら構って欲しいらしい名が元就の袖を引っ張った。

「名、」

「あー。」

元就は名を見下ろした。

「我の言うことが聞かぬと申すのか、貴様。」

「むー。」

「あやつはまだか………。」

不満そうに声をあげる名に元就は呆れてため息をはいた。
あてにしている、乳母も来ない。

「我の邪魔をするな、良いな名。」

元就がじっと名の目を見て、言い聞かせるように言った。
すると、名はどうしたことか、目を潤ませ始めた。
これに驚いたのは何を隠そう元就である。
きつく叱ったつもりは無い。むしろ優しいくらいだと、自分でも思っていた元就である。
焦りこそ見せないが、どうすれば良いのか分からずに静止する。
とうとう本格的に泣き出した名に元就はどうしたものかと頭を抱えた。
あやすという行動を生まれてこの方したことがない。
抱き方が悪いと姉に叱られてから、抱き上げることさえ最近はしていない。
考えを見抜くことは得意である元就だが、考えもなしに行動する子供はもともと苦手であった。

「泣き止まぬか…。」

怒鳴ることも出来ず、弱々しく呟かれた言葉は名な泣き声に掻き消された。

「あら、やっぱり此処に。」

悠長な台詞と共に現れたのは名の母、その人だった。
泣きわめく娘と困り果てている旦那を見て、少し楽しそうに笑った。
それに機嫌を悪くしたのは言うまでもなく元就である。
元就の何とかしろという視線を受けて、彼女は名を抱き上げた。

「よしよし、怒鳴られたのかしら?」

「怒鳴ってなどおらぬ。」

「…寂しかったんですわ、きっと。」

「何?」

まだぐずる名に彼女は笑った。

「この子は私たちが思っている以上に、私たちの言葉を理解しているようですよ。」

それは元就とて、十二分に理解をしていた。
名は言えば、たいていのことは言うことを聞くし、喃語とはいえ問い掛ければ返事を返してきた。

「出ていけとか、邪魔をするなとか、おっしゃいましたでしょう?」

「…………。」

「この子は貴方に一番懐いていますからね。構ってもらえなくて寂しかったんですよ。」

彼女は笑い、名を元就にそっと渡した。
名はぐずるのを止めてきゃっきゃと笑い出した。

「可愛い子ですね。」

「…そうだな。」





愛し子よ

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