一人でダブルスだなんて、馬鹿じゃないの。…初めて見たときは、そう思った。私が最初に菊丸くんを見たのは中学3年の全国大会。地元の公立中学のテニス部だった私は、せっかく全国大会が近くでやっているんだからという理由で、友達と一緒にその試合を観戦しに行った。女子の強い選手は知っていたけれど、男子の方までは学校の名前くらいしか知らず、試合を見るのは初めてだった。そこで、菊丸くんが一人でダブルスをしているところを見たのだ。
 ありえない。どうしてそこまで頑張れる?どうしてそこまでダブルスにこだわる?馬鹿みたい。そう思ったけれど、私は次の試合も見に行った。その試合で、菊丸くんに対しての印象がガラリと変わった。その試合では、菊丸くんは大石くんとダブルスをしていた。ペースは完全に菊丸くんと大石くんだったのに、負けた。菊丸くんが大石くんが打とうとしたところを止めたから。関係者でない私には意味が分からなかった。あの人、せっかくのチャンスを、って。でも、青春学園のベンチから聞こえてきたのは、大石くんが手首を痛めていたという事実。だから、菊丸くんは。分かった瞬間に、私の心臓はざわついた。


 私、この人を応援したい。


 それから私は青春学園の高等部へと外部進学した。ただ、応援したいと思ったとはいえマネージャーになる勇気なんかは無かった。同じクラスでもなかった。そのまま女子テニス部に入部したけれど、接点は少ない。まず、接点などと下心丸出しなものを期待している時点で、女子テニス部に失礼だと思った。入学早々、私は菊丸くんへの気持ちを忘れることにした。


「なまえ土曜日暇?」
「ごめん、部活ある」
「日曜日は?」
「無いよ」
「買い物行きたい、あと久しぶりにカラオケ行きたい」


 そうして、高校のはじめの1年間を極々普通に過ごしてきた。去年は1年間席替えがなく、前の席の友人、沙耶ちゃんとはなんだかんだずっと一緒にいた。部活をやって、勉強をして、友達と遊んで。普通、だった。でも、同時に、ずっと菊丸くんへの憧れを心の奥にしまっては出してしまってはまた出して、そんなことを繰り返していた。出して、というよりは出てきてしまうと言った方がいい。沙耶ちゃんには話していない。


「大石、俺今日レシーブの特訓したいんだ!」
「ちょうどいいや、俺はサーブの練習がしたかったんだよ」
「おっ!じゃあ今日の部活始まるまでの自主練はそれで決まりーっと」


 こうしてお昼を一緒に食べる菊丸くんと大石くんは楽しそうだ。そして私は、菊丸くんが毎回クラスにやってくるせいで、しかもこんなに近くにいるせいで、どうにかなってしまいそうだ。
 どうにかなってしまいそうなのを悟られないように、必死で、私の席と大石くんの席の間にはまるで壁があるかのような振る舞いをする。口に入れていた唐揚げを飲み込んで、沙耶ちゃんに笑いかける。「私も行きたかったんだよね」、と。ねえ、私に気づいて。ねえ、私に気づかないで。必死だった。




シュノーケルと視線


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