よろしく、と笑った彼のことを、私はよく知っていた。


 春。始業式。新しいクラスになって1日目。私が登校してきた頃にはまだ人はまばらで、だけど、私の座る席の隣の席には彼がいて、静かに本を読んでいた。がたん。私が椅子を引くと、彼は顔をあげた。ぱち、目が合う。私は彼を知っている。


「あ、よろしく」
「よろしくね。えっと、みょうじなまえです」
「大石秀一郎です」


 簡単な挨拶を済ませると、彼、大石くんは再び本に目を落とした。大石くんのことはよく知っていた。知っていたけれど、あくまで私が知っているのであって、互いは知らない。大石くんは私の話し相手になることはなく、私が大石くんの話し相手になることもなかった。時間が、ゆっくりと過ぎる。


「(早く来すぎたかな)」


 伏して、眠ったふりをした。昼寝をするには丁度いい、春らしい暖かい日だった。眠ったふりをした。高校からこの青春学園に通っている私の、この高校に進学しようと決めたときからの小さな期待は、今年もまた叶わなかった。眠ったふりをした。私の隣で静かに本を読む、今のところ私に興味はないであろう大石くんを、私は、この高校に進学しようと決めたときから知っている。


 少し経って登校してきた前の席の友達によって起こされた私は、まだ眠たいふりをして顔をあげる。その友達とは去年も同じクラスで、去年も席が前後だった。また同じクラスになれたことを喜んでいると、私の期待は、突然やってきたのだ。



「大石!どうしよう俺新しいクラスに友達いないよう!」


 いないってことはないだろ大袈裟だなあ、大石くんはそう言って笑った…と思う。私はその方向を、隣の大石くんの方向を、突然の訪問者の方向を、見れなかった。なぜなら。


「いつもそう言って結局みんなとすぐに仲良くなるじゃないか。大丈夫だよ、」


 英二なら。

 そう言った大石くんを、私は、知っている。菊丸英二のダブルスのパートナーとして。つまり、私が本当に知っているのは菊丸英二の方で、その本人がすぐそこにいるという現実に私の息は止まりかけていた。



シュノーケルと春

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