「マサくん、お待たせ!」


 全国大会当日の朝、私は出かける支度を済ませリビングにいたマサくんの前に立った。「おー」と無気力気味に振り返ったマサくんは私を見るなり目を丸くする。

「なまえ…」
「へへ、似合っとる?」


 神奈川に滞在してる間に、マサくんの家族には色々なところへ連れて行ってもらった。昨日はマサくんのお姉ちゃんと二人で出かけて、お姉ちゃんのチョイス(もちろん私の好みなんかも取り入れてくれた)でワンピースを買った。それを、いま、着てる。


「昨日、姉貴と行ったとき?」
「そうじゃき、…どう?」


 綺麗になった(やっぱりこの例えは変なのかな)マサくんと綺麗なこの街で一緒に歩く、ために。


「すごい可愛えよ。…じゃあ、行くか」


 馬鹿みたいって笑われたらそこまでなのだけど。






「…………ひと」
「ん?」
「……ひと…ひと、ひと!なんなんじゃこれ!」
「会場じゃけど」
「知っとるけど!」


 テンポのいいやり取りにマサくんはくつくつと笑う。すまんすまんそうじゃなひと多いな、そう言って私の頭を、また、撫でた。


「じゃあ、部員は集合せんといかんから俺行くな。30分もしたら多分戻って来るき、まあもし始まっててもどっか座って見とって」
「うん、行ってらっしゃい」
「ん」

 マサくんは左手をひらひらとさせて、私から遠ざかった。知らない場所で、こうやって一人にされると、なんだか本当に一人ぼっちのような気がした。マサくんも知らない人みたいだ。


 怖い、遠い、悲しい、泣きたい。


「はあ、」

 何もしてないうちから、疲れが押し寄せたような気がして、私はその場から離れる。まあ、まだ試合は始まらないらしいし、少し探検してみるのもアリかもしれない。


 歩き出せば、すれ違う人だって知らない人ばかりだ。私以外の人どうしだってそうなのかもしれない。でも今の私じゃ、不安ばかりで、どうしても私対他人という分け方をしてしまう。マサくんは少し無神経だ。私のことを考えているようで、考えていない。でも、それも、仕方のないことで、当たり前のことかもしれない。


 怖い、遠い、悲しい、泣きたい。


 そんな、名前の確かでない負の感情に私は押しつぶされそうになって、知らないこの場所で静かに座り込んだ。


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