マサくんが「こっちじゃ」と私に向かって手招きをした。夏休みもレギュラーは練習していると前にマサくんが言っていたのが思い出されたけど、今は日が落ちた時間帯だったので、コートは蛻の殻だった。


「いつもマサくんはここで練習しちょるんよね」
「そうじゃきー」
「……楽しいんか?」


 もしかしたら私は、私からマサくんを奪ったテニスを嫌悪の対象として見ていたのかもしれなかった。ただ、広いだけのコート。マサくんを、返して。


「…楽しかよ、すごく、すごく」

 マサくんはフェンスに手を掛けた。カシャン、と軋むような音が響いた。その小さな音でさえ、私にとっては寂しさや空しさを大きくさせるものでしかなかった。



「…仁王?」


 後ろから私を呼ぶ声がした。しかしここは神奈川で、私の知り合いはいないはずだ。振り返るとそこには、どこかで見た顔ではあるが決して私の知り合いではない顔が三つ並んでいた。マサくんが小さく「…おまんら、」と呟いた。仁王、…私ではなくマサくんのことを呼んだのだった。


「どうして仁王がここに?」


 真ん中にいた男の子が綺麗な笑顔を見せながらマサくんに尋ねた。やはり、どこかで見た顔だ。どこだっけ…?と私が頭をフル回転させている横でマサくんは「こいつにコートを見せとったんよ」と三人に向かって言った。こいつ、つまり私のことであり、三人の視線は私に向いた。


「その子は誰だい?」
「俺のイトコじゃき」
「…仁王なまえです、…初めまして」
「なまえちゃんか、よろしく。俺は幸村精市」

 そこまで言われて、はっ、と思い出した。この三人、マサくんが持っていた雑誌で注目のルーキーとされていた人たちだ。すごい奴らなんだとマサくんが目を輝かせていたあの人たちだ。


「ま、マサくんこの人たちって…雑誌に載っとった……!」
「そうじゃな。幸村と、柳と、」


 マサくんが言うと同時に幸村くんは微笑み、柳くんは「よろしく」と一言。その二人でもない、もう一人の人。



「……真田、くん」


 雑誌でも、今も、終始厳しい表情をしている彼。二回も彼の名前を忘れた私は、今度こそはとしっかり彼の名前を覚えていた。マサくんに名前を紹介される前に私が彼の名前を呼んだことに、誰もが驚いたらしい。


「…む、」
「あ、れ?間違っ…」
「とらんよ、合っちょる」
「、良かった」


 その時、ぱちりと真田くんと目があった。小さくお辞儀をすると、向こうも同じことをした。


「二人とも堅苦しいな」
「だよね。特に真田、もうちょい笑いなよ」
「そうじゃそうじゃ」


 散々言われた真田くんは困ったような顔をして、幸村くん柳くんマサくん、最後に私の顔を見渡した。「…そ、そうだな」無愛想だとばかり思っていた彼は、実はそうではなくて、ただシャイなだけだった。


「初対面じゃし、仕方なかよ。ね、真田くん」


 私がそう言うと彼は大層驚いたような表情を見せてから、「…いや、そんなことはない」と、ほんの、ほんの少しだけ、口角を上げたのだった。


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