「全国、大会?」

 目の前の少年が発した言葉をそっくりそのまま繰り返すと、彼は嬉しそうに「そうじゃ、全国大会」とそれを繰り返した。その彼というのは、私の父の弟の息子。つまり私の従兄である。


「マサくんも出るん?」
「いーや、俺はレギュラーじゃないから出ないんじゃけど」
「なーんじゃ、じゃあ興味なーい」



 私が「マサくん」と呼んだ彼の名前を仁王雅治という。彼と私は同い年で、数人いるイトコ同士の中でも特別に仲が良い。そんなマサくんは今年の春、小学校から続けてきたテニスをもっと本格的にやりたいと言って、東京のほうの私立の学校に入学した。マサくんのお姉ちゃんもこの春からそっちの方の大学に行くからと言って、家族みんなで引っ越してしまったのだった。
 マサくんは、少しだけ変わった。優しいところとかは相変わらずだけど、何だか綺麗になった。それを言ったら「かっこよく、って言って欲しいナリ」なんて笑ったけど本当にそう思うから仕方ない。前はマサくんたちは私の住んでる街から1時間の、この街よりも少しだけ田舎な所に住んでた。だから前は私のほうが少しだけ流行とか知ってたけど、今のマサくんには絶対勝てない。やっぱり都会パワーってすごい。


「でも1年でレギュラーのやつもいるナリ」
「えーっ!」
「あ、そいつらが載った雑誌持ってきたんじゃけど」


 マサくんたちはお盆休みで1週間だけ、東京のほうからこっちに帰ってきてる。大きな荷物をガサガサとあさって取り出した1冊の雑誌。片付けるのが面倒なのか、一緒に出てしまった洋服をマサくんはそのままにしていた。やっぱり私服もかっこよくなってる。それが少しだけ寂しくて、今度は伝えなかった。
 彼が「あったあった、このページじゃよ」と開いてくれたページには、『強豪・私立立海大付属中(神奈川)、期待のルーキーたち!』という見出しとともに8人ぐらいで写っている写真と、その中で少し背の低い3人がアップになっている写真があった。「この3人が、1年じゃよ」説明してくれるマサくんの横顔は、とても楽しそうだった。




「このヘアバンドしてるやつは幸村。この目が細いやつは柳。無愛想なんが、真田じゃき」
「え、えっと、幸村くん、柳くん、さ…?」
「真田」
「真田くん、」
「ん。今はお盆じゃけどこのレギュラーたちは練習してるぜよ」
「へえー、じゃあ来年はマサくんこっちに帰ってこれんかもしれんね」
「?」
「マサくん来年絶対レギュラーじゃもん」


 マサくんは、一生懸命な人だ。だから、すぐにレギュラーになれると思った。もしも、本当に、来年こっちに帰ってこられなかったら寂しいけど、マサくんが好きなことをやらないという方が寂しかった。だから本当にマサくんは来年は帰らないなって思って、それを笑って言ったらマサくんは「なまえってほんと良い子じゃな」なんて言って私の頭をなでた。ちょっと、恥ずかしかった。




「帰って来れないのは嫌じゃけど…、けど、頑張る」
「ん、頑張りんしゃい、」
「…あ、そうじゃ」
「どうかしたん?」
「今年の全国大会、一緒に見に行こ。」
「…へ、」
「へ、じゃないナリ。本当、感動するんじゃよテニス。だから、一緒に行かん?」
「う、うん」


 私はマサくんに半ば無理矢理頷かされた。けれど上機嫌なマサくんはすごく素早い動きで立ち上がり近くの居間にいた私のお父さんとお母さんに「なまえんこと5日ぐらい神奈川に連れてってもよか?」と聞いた。「おーよかよか!」、あまりにもあっさり許可が出てしまい、私はマサくんの家族が東京の方に帰るときに一緒に行くことになった。


「約束じゃよ、絶対一緒に行くんじゃよ?」
「わかっとるよ何回も聞、い、た!」
「あと、東京の方、じゃのうて神奈川じゃき」


 にこにこしながら私の頭を撫で回すマサくん。やっぱり照れくさくて私は足元にあるその雑誌に目を落とす。



「えっと幸村くん柳くん、あと……、」
「真田じゃ、さっきも言ったじゃろー」
「あーそうじゃったそうじゃった!真田くん!」


 私に2度も名前を忘れられてしまった「真田くん」は相変わらず無愛想なまま、こちらを見つめていた。



▽10.08.17



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